「息をするだけで幸せ」 これが人間のデフォルトモードだった!

最近、私自身の人生にちょっとした、でも決定的な「ライフベースシフト」が起きました。

今年の2月からお酒をピタリとやめて、3ヶ月が経ちました。

お酒という物質自体が悪いわけではありません。
ただ私にとって、手っ取り早く脳を興奮させてくれるいちばんの「ドーパミン源」がお酒だった。
そこに中毒していたことが問題だったんです。

その強烈な刺激を手放してみたら、どうなったか。

たとえば、

朝起きた瞬間から、
「今日も目が覚めて幸せ」
「心臓が動いて呼吸が続いている奇跡に感謝」
なんてことをしみじみと思ったり。

近所のなんてことない道を散歩しているだけで、
「ああ、風が爽やかだな」「お花が綺麗だな」「木々の緑が目にまぶしいな」と、
涙が出そうなくらいの幸福感に包まれるようになったり。

「ただ生きているだけで幸せ」
「朝起きた瞬間から、夜眠りにつく瞬間まで、ずっと幸せ」

こんなことを、なんの衒いもなく、しみじみと感じて、
実際に口にも出してしまう自分に驚いています。

これって、なにも特殊な状態なんかじゃなくて(私の頭がおかしくなってしまったわけじゃなくて)
実は、人間という生物の初期設定だったんじゃないか、って思うようになったんです。

ドーパミンは「快楽物質」というより「期待物質」

私たちは、自分をもっともっと幸せにしたくて、
ついつい強い刺激(お酒、間食、買い物、ギャンブル、SNS、ショート動画の無限視聴など)に手を伸ばします。

でも、知っていましたか?

ドーパミンは、快楽を感じた瞬間に出る物質ではありません。
「あれを手に入れたら幸せになるんじゃないか」と期待した瞬間に出る物質なのです。

以前、『あちこちオードリー』という番組で、ギャンブル好きの芸人さんたちがこんなことを言っていました。

「当たるかどうかなんて、はっきり言ってどうでもいい。
それよりも『どうなるんだ!?』と興奮している時に、いちばん脳汁が出る」

そう。
これこそがドーパミンの正体です。

ドーパミンは「快楽物質」というより「期待物質」であり、同時に「未完了物質」なんです。

ドーパミンが出ている間、
脳は「まだ欲しいものを手に入れていない」という未完了の状態を観測し続けています。

現代人は、とにかく、無目的にこの「脳汁」を出しすぎています。
「これをすれば幸せになれるんじゃないか!?」とドーパミンが出た瞬間に、
獲物を追いかける野生動物のように視野が極端に狭くなり、目先の不足感に執着してしまう。
言葉を選ばずに言えば、理性を失って「頭が悪くなる」状態に、安易に陥りがちなのです。

テンションぶち上げタイプの引き寄せがうまくいかない理由

一般的な「引き寄せの法則」では、
願いが叶った時の「よっしゃー!」「最高!!!」という高揚感を先取りして味わってしまうことが推奨されています。

でも、このやり方、ドーパミンの過剰分泌につながりかねません。

結果、これをやり続けると、
「絶対にこれを叶えなければ」「そうでなければ幸せになれない」という強迫観念が生まれ、
トランサーフィンでいうところの「過剰ポテンシャル(強い執着)」を生み出してしまいます。

「未完了」の感覚の中にいる限り、
宇宙に対して「まだ満たされていない私」をオーダーし続けることになり、
永遠に願いを追いかける、望まないループから抜け出せなくなります。

軽く「意図」したことは、当たり前に現実化する

では、いったいどうすればいいのか。
ドーパミン(未完了物質)の嵐が止み、代わりにセロトニン(完了物質)が満ちてくると、世界は一変します。

「このままじゃダメだ」「これを手に入れなきゃ幸せになれない」という相対的な戦いが終わり、
「いまここに、すでに、すべてがある」という絶対的な安心感にくつろげるようになるのです。

タフティ、トランサーフィンでいう「意図の三つ編み」は、まさにこのセロトニンスイッチです。

この「セロトニン充足」の状態から、軽い気持ちで、
次の台本(未来)をふわっと選択すると、驚くほどすんなり現実が動きます。

最近の私のささやかな例で言うと……

「あんこ入りの和菓子が食べたいな〜」とふと思った次の瞬間、新潟の実家から美味しい笹団子が届く。
「もっと近所に畑を持てたらうれしいな=」と意図した翌日、自宅から徒歩5分の場所に、
土質が最高の広大な面積の畑を借りられることになる。

こんなことが、日常の中で、あまりにも当たり前に起きてきています。

強く願う必要すらありません。
パラパラとカタログを眺めて、あたらしい未来の現実を、「お。これ、いいね!」と、軽く選ぶだけ。

弓道の達人が「的に矢が当たってから、弓を放つ」なんてことを言っていますが、
すでに完了した世界を当たり前に観測していれば、願いは叶って当たり前の世界を生きられるのです。

観自在のまなざしに立ち続ける

とはいえ、
「どうしても望む結果に執着してしまう」「SNSやショート動画を見るのをやめられない」
と自分を責めてしまう人もいるでしょう。

そんな時に持ってほしいのが、「観自在菩薩(観音さま)のまなざし」です。
自我のジャッジを挟まず、物事を、ただ、ありのままに見る。
「ただある」ことに良いも悪いもない。
この視点に立ち返るのです。

「ドーパミン中毒で必死にもがいている自分も、ひとつの完璧な物語の中を、懸命に生きているんだな」と、
まるごと受容し、肯定してあげてください。

本質的に、私たちは「どうあっても大丈夫」なのです。
どのような物語も、完全、完璧なのだから。

また、仏教には、煩悩のエネルギーを悟りへと昇華させる「愛染明王(あいぜんみょうおう)」という仏さまがいます。

「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」。
痛みからくる強烈な渇望があるからこそ、私たちは「すでにここにあった幸せ(セロトニン)」の尊さに心底気づくことができる。
そのことを全力でお示しくださる尊い仏さまです。

観音さまと愛染明王さまのまなざしの中では、ドーパミン過剰状態=スケベ心満載で動いてしまう私たちすら愛おしいもの。
ただ切り捨てるのではなく、圧倒的な理解という名の愛で自分自身と、これまでの習慣を包んであげた時、
世界の見え方が一変してしまいます。

7週間で「しらふ」の世界へ! 『Curian Lab 49』締切間近です

戦いと酔っ払いのループから抜け出し、生真面目な修行や努力は一切なく、
シームレスに「しらふ」=「さとり(差取り)」の世界へライフベースを移行させる。
そのための7週間のプログラム『Curian Lab 49(通称・キュリラボ)』が、5月9日からスタートします。

ここでやることはごくごくシンプルです。
心の根本にある痛みを見つめて「あるね」と癒して手放し、
同時に「食う・寝る・出す」という根源的な欲求を健やかに整え、セロトニン充足の生き方のベースをつくるだけ。

ドーパミンの世界をぐるぐる回り続けるのも自由。
セロトニン満ち満ちの世界で、軽やかに現実を創って遊ぶのも自由。

ただ、しらふの世界は本当に最高ですよ。

ほんの少しの好奇心(Curious)だけを持って、ぜひ飛び込んできてください。

5月9日スタート
Curian Lab 49:7週間の煩悩成仏プログラム
戦いの世界から解脱し、さとりの世界に帰還しよう。
https://koideyoko.thebase.in/items/141340271

※5月8日締切です。コミットメントはお早めにどうぞ!

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