
◇「やめられない」依存こそが、悟りの世界への入り口だった。
「変わりたいのに、変われない」
「やめたいのに、やめられない」
「こんな自分じゃダメだ」
そんなふうに自分を責めて、
見えない敵と戦うことに疲れていませんか?
今日のテーマは、
私が昔からずっと探求し続けてきた仏教の言葉、
「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」
についてです。
言葉だけ聞くと少し難しそうですが、
ポップに「BSB」とでも呼んでみてください(笑)。
実はこれ、私たちが日々抱える「依存」や「執着」の苦しみから抜け出すための、
究極の「安心(あんじん)」のメッセージなんです。
泥が深ければ深いほど、美しい蓮が咲く。
煩悩即菩提をGoogleで調べると、こんな風に出てきます。
「人間の苦しみや欲(煩悩)が、そのまま悟り(菩提)の知恵や縁になるという教え。
煩悩を捨て去るのではなく、それと向き合い、悟りの心へ転換していくこと」
ここで大事なのは「即」という言葉。
「イコール」ではなく、
「二つにあらず(不二)」というニュアンスを持つ言葉です。
よく「泥の中から蓮(ハス)が咲く」と例えられますよね。
泥がなければ蓮は咲きません。
泥が深ければ深いほど、蓮は美しく咲く。
つまり、
「泥(煩悩)もまた、蓮(悟り)の一部である」
ということです。
迷っている自分の姿こそが、救いに気づくための大きなきっかけになる。
それが煩悩即菩提の本当の意味です。
◇「戦わずして」お酒をやめた私の体験
実は私、今年の2月1日から一滴もお酒を飲んでいません。
でも、これ「我慢」や「苦行」でやめたわけじゃないんです。
以前の私は、お酒と良い関係を築いているつもりでした。
でも心のどこかで「毎日飲まざるを得ない自分」に違和感を持っていたのも事実です。
そんな時、『飲まない生き方 ソバーキュリアス』という本に出会いました。
この本は、「アルコールは悪だ!敵だ!」と責め立てるのではなく、
「しらふの世界って素晴らしいよ。
あたらしい自分に好奇心(キュリアス)を持ってみない?」
と語りかけてくれました。
この本に触れた瞬間、私の中で世界がパッと変わってしまったんです。
「アルコールと戦う」という概念が消え去り、
ただ純粋に「しらふの世界を生きてみたい」という好奇心だけが残りました。
もはや何とも敵対していない、スッとしたシフトの感覚でした。
◇「ドライドリンク」の罠と、心の骨折
なぜ、今回はこんなにもすんなりシフトできたのか。
それは、私が前段として「自分の心の痛みに向き合うこと(あるねメソッド)」を
徹底的にやってきたからです。
依存症の治療において、「ドライドリンク」という重要な概念があります。
これは、「形式的にお酒(依存の対象物質)は絶っているけれど、
心の中の痛みと向き合っていないため、常に何かに依存せざるを得ない苦しい状態」のことです。
実はこれ、お酒に限った話ではありません。
「こんな自分じゃダメだ」と、
依存対象(お酒、甘いもの、買い物、推し活など)との接触をいきなり断つ。
それは例えるなら、
「足が骨折して激痛が走っている人から、無理やり『松葉杖』を奪い取るようなもの」です。
人は、痛みの中で生きています。
その痛みを麻痺させないと、歩くことすら、生きていくことすらできなかった。
だから、その杖がどうしても必要だったんです。
足が折れているのに、いきなり杖を取り上げたら歩けなくなってしまいますよね。
まずは、「ああ、自分は足が折れていたんだな」「こんなにも痛かったんだな」と気づくことが
何より先決なんです。
◇杖を手放せた時、悟りの世界が開かれる
私の「足の骨折(心の痛み)」の正体は何だったのか。
よくよく自分を見つめていくと、そこには
「人としらふで接するのが怖い」
「自分が自分だと思っている姿とは違う形で、人に認識されるのが恐ろしい」と、
泥の中で泣いている「リトルあるねぇ(小さな自分)」がいました。
その耐えがたいほどの痛みを麻痺させるために、
私はお酒という松葉杖を必死についていたんです。
そこに気づき、「痛かったね」「怖かったね」と自分を抱きしめてあげた時、
折れていた骨がスッとつながり、くっついたんです。
そして、これまで自分を支えてくれたお酒(松葉杖)に対して、
心からの感謝が湧いてきたんです。
「今まで支えてくれてありがとう。これがなかったら生きてこられなかった。
でも、もう自分の足で歩いてみるよ。ありがとう」
と、天に杖を返却できた。
その時、「良い・悪い」「正しい・間違っている」といった二元論の戦いの世界から、
ふっと抜け出せた気がしたんです。
◇私たちはみんな「現状依存」に陥っている
依存と聞くと「私には関係ない」と思うかもしれません。
でも、依存には大きく分けて4つあります。
①物質依存(アルコール、タバコ、カフェイン、糖分など)
②行為依存(買い物、ギャンブル、ゲーム、SNSなど)
③関係依存(恋人、親子、推しへの過剰な執着など)
④現状依存(変わりたいけど変われない、怠け癖、先延ばし、他責・自責など)
この「現状依存(変化を極端に恐れること)」を含めれば、
人間である限り、誰もが何かしらの依存状態に陥る瞬間があるとわかります。
終わりのない悟り探求(セミナージプシー)なども、
実は「今の自分を変えたくない」という依存の一種です。
でも、どうか安心してください。
激しく何かに依存していると気づいたなら、
それは「悟りの一歩手前」にいる、ということだから。
依存的な自分の根っこに、どんな痛みがあるのか。
それを見つめ、癒やし、抱きしめて手放す。
その「依存状態からのシフト(解脱)」こそが、
人の世界から仏の世界(悟りの世界)へ移行するプロセスそのものなのです。
煩悩があるからこそ、私たちは悟りの世界を開くことができる。
まさに「煩悩即菩提」。
うまくできているなと、心底唸らされました。
◇49日間でシフトする『Curian Lab 49』
私自身がこの「しらふの世界(戦わなくていい世界)」へシフトした体験をベースに、
今回、新しいコミュニティを立ち上げることにしました。
『Curian Lab 49(キュリアンラボ):7週間の煩悩成仏プログラム』
https://koideyoko.thebase.in/items/141340271
これは、依存的な自分を「克服する」ためのプログラムではありません。
弱い自分を叩き直す場所でもありません。
自分を支えてくれた松葉杖に感謝し、自分の痛みを理解し、癒やし、手放していく。
そして、人が亡くなってから仏の世界へ渡る「49日間」になぞらえ、
7週間かけて「戦いの世界から下脱し、悟りの世界にシフトする」ためのプログラムです。
1週間ごとに、不動明王や文殊菩薩などの異なる仏様たちに見守られながら、
自分の足で立つ「真の自立」を目指していきます。
ただ、正直にお話ししますと……
私がこの「お酒のない世界」にあまりにも馴染んでしまったため、
依存に対してもがいていた生々しい記憶が、すごいスピードで薄れていっています(笑)。
ですので、この「Curian Lab 49」を開催するのは、
おそらく今回限りになると思います。
だから、私の中の記憶が完全に薄れ切る前に、
今、まだ戦いの中で苦しんでいる方へ、このパスポートをお渡ししたいんです。
「もう、戦うのは終わりにしたい」
「穏やかで、ただ美しい『しらふ』=『さとり』の世界を生きてみたい」
そう感じる方は、ぜひ一緒に、泥の中から美しい蓮を咲かせる49日間の旅に出ませんか?
(※4月19日まで、早割の特別料金でご参加いただけます)
ほんとうに、もう、自分と戦わなくていいんですよ。
あなたのご参加を、静かな気持ちでお待ちしています。
Curian Lab 49:7週間の煩悩成仏プログラム 戦いの世界から解脱し、さとりの世界に帰還しよう。
https://koideyoko.thebase.in/items/141340271
※4月19日までにお申し込みくださった方は、
通常料金33,000円のところ、早割料金 22,000円でご受講いただけます。
どうかお見逃しなく。