

※こちらは小出遥子noteからの転載になります。
「わたしはあなた」「あなたはわたし」
「わたしはすべて」「すべてはわたし」
これは、一部の「スピリチュアル修行者」だけにゆるされた
特別な境地なんかではありません。
むしろ、本来は誰にでも開かれている、
きわめて単純で、逃れようのない事実です。
この事実を、「概念」としてではなく、
自分自身の現実の中で──
「もう、そうとしか言えない」
と認めざるを得ない瞬間が訪れたとき。
概念は肚に落ち、血肉となり、
細胞のひとつひとつがこの真実を直に生き始めます。
🌐 「すべてのいのちは、つながり合って存在している」
この事実を、端的な事実として、肚の底から認めてしまうと、
私たちがこれまで「道徳意識」として理解してきたものが一変します。
ルールでも、正義でも、誰かの価値観でもない、
まったくあたらしい意識。
シン地球を生きる人たちの道徳意識は、
たったひとつの事実──
「すべてのいのちは、つながり合って存在している」
その上にのみ、成立しています。
ここにおいての道徳意識は、
外側から押しつけられるものでもなく、
他人を裁くための基準にもなりません。
「縁起」という真理から自然に立ち上がってくる、
行動の規範であり、土台としての意識です。
🛒 日常の選択すべてが「いのちのつながり」と直結する
日々、どんなものを着て、どんなものを食べ、
どんなところに、どんな意識で住むのか。
「いのちのつながり」が単なる概念ではなくなったとき、
私たちは、衣食住のすべて=生活のすべてを、
曇りなきまなこで見つめ直し始めます。
「この選択は、自分や地球にとってやさしいものか」
「この選択は、つながりの感覚を広げてくれるものか」
こうした問いを避けることは、もうできません。
いまを生きる私たち人類に課せられた、
極めて現実的なテーマだからです。
✍️ このnoteは「さとり」を現実に落とし込むためのツールです
私が日々綴っているこのnoteは、
抽象的な希望や精神論を語るためのものではありません。
「いのちはつながり合って存在している」という事実を、
私たちひとりひとりの生活の隅々にまで落とし込むための、
ひとつのツール。
そのつもりで運営しています。
今日、私たちが手に取るもの、口にするもの、
そして何気なく放つひと言が、
「いのち」や「めぐり」の感覚とどう結びついていくのか──。
選択の「その先」の感覚を、
ほんの少しでもリアルに感じられるように。
今日も、いのりを込めて綴りました。
届いてくれますように。
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