【note】「終わり、のその先」にひらかれる世界。──いのちは、めぐりそのものだ。

※こちらは小出遥子noteからの転載になります。

🕊 終わり、のその先にひらかれる世界。

「捨てて、終わり」
「流して、終わり」

私たちは、暮らしの中で無数の「小さな終わり」を経験しています。
けれど、その「先」を思い描くことは、どれほどあるでしょうか。

ほとんどない——というのが、正直なところではないでしょうか。

🌱 いのちは「終わらない」

そもそも、いのちの本質においては、
「区切り」はあっても「終わり」はない。
私はそう感じています。

ゴミ、生活排水、排泄物……
私たちは「捨てる」「流す」ことで、
それらが消えてなくなったと錯覚しがちです。

でも実際には、どれも処理施設で再び地球の循環の中に還り、
やがて土や水を通して、私たちの暮らしへと戻ってくる。

「終わり、のその先」は、
いつだって「あたらしいはじまり」へとつながっています。

💫 「死」=「終わり」という勘違い

私たちが「終わり」を恐れるようになった背景には、
“死”が日常から切り離されてしまった現代の暮らしがあると思います。

遺体はすぐに見えない場所へ運ばれ、
数日後には焼かれて骨となる——
心の準備もなにも整わないまま、「はい、終わり」。

これでは、「ほんとうのこと」がわからなくて当然です。

私はかつて臨死体験をしました。
その時、はっきりと分かったことがあります。

「人は死んでも、いのちは死なない」
「いのちは、めぐりそのものだから」

死は生の対極ではなく、
大いなるいのちの流れの中の、ひとつの表現にすぎないのです。

🌿 スピリチュアルを「暮らしの実践」へ

いま、私たちに求められているのは、
「見えない世界の知」を、「日常の行」へと還すこと。

呼吸、食事、排泄、掃除……
そうした営みを通して「終わり、のその先」を感じる。

頭で理解するだけではなく、
実際の暮らしの中で、体と心で“めぐり”を体感していくこと。
それが本来のスピリチュアルの姿なのだと思います。

🌏 スローガンよりも、体の「心地よさ」を

「サステナブル」「エシカル」「ゼロウェイスト」——
どれも大切な言葉ですが、
それが目的になってしまうと、少し苦しくなる。

大切なのは、体が心地よいと感じる選択です。

体の感覚は、自然のリズムと共鳴しています。
「終わり、のその先」を思い描いたときに訪れる、
静かであたたかな安心感。

その感覚を軸に暮らしを選び直していくと、
結果としてサステナブルな生き方が“自然に”育まれていきます。

💩 「いいウンチ」はめぐりのサイン

実感としてわかりやすいのが、排泄の感覚です。

「いいウンチを出したい」という願いは、
循環の中で生きたいという、体の本能的な声。

「いいウンチ=分解されやすいウンチ=循環を阻害しないウンチ」

つまり、自分の営みを自然の輪の中に
無理なく還していける心地よさの象徴です。

何を食べるか、どう生きるか。
その選択を“腸の感覚”で感じていくことが、
いちばんやさしいサステナブルのはじまりなのかもしれません。

🌸 「めぐりはぐくみライフ」という生き方

「終わり、のその先」を意識すること。
それは、いのちの本質に光をあてること。

エコや環境保護という枠を超えて、
「いのちは、めぐりそのものだ」という感覚を取り戻していく。

その小さな気づきの積み重ねが、
人にも地球にもやさしい暮らしを育んでいきます。

「終わり、のその先」は、「あたらしいはじまり」。
めぐりの感覚を、できるところから大切に。

いっしょに歩んでいきましょう。
一歩ずつ。着実に。

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上記の内容を、ビデオポッドキャストでもお話ししています。
こちらも、よろしければ、ぜひ、ご視聴ください。

第1回 「終わり、のその先」から感じるサステナブルライフ
https://open.spotify.com/episode/2moq7AVcKOsbzyB4bcJCn4

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