浮気問題補足

2016年8月25日

昨日の

 

「恋人が浮気していたとしてもそれがどうした」

 

みたいな記事に対して、

 

「それは偉大な芸術家の妻である

 

岡本敏子さんだからこそ言えるセリフであって、

 

素人がその真似事をするのは危険すぎます!

 

浮気を笑って済ませていたら

 

良くない男文化が復活しますよ!」

 

……みたいな文意のコメントをいただきまして、

 

まあ、こういう風に取られるような書き方をした

 

私が悪いのですが(すみませんでした……)、

 

そういうことを言いたいわけじゃないんだよなあ、と。

 

今回の論点は、まったくもってそこにはないのですよね。

 

「〇〇は文化だ」と言う気はさらさらない(笑)。

 

 

 

私が言いたいのは、ただ、

 

ほんとうのほんとうのほんとうに、

 

“ここ”には「いま」しかないし、

 

“ここ”には「これ」しかないんだから、

 

「いま」以外、「これ」以外のことを考え過ぎて、

 

「いま」と「これ」をないがしろにしてしまうのは

 

ちょっと、っていうか、

 

かなり、残念なことなんじゃないかな~

 

っていうところ、

 

ただ、そこだけにあるんですよね。

 

 

 

まあ恋愛って、多かれ少なかれ

 

「ストーリー」を楽しんでいくような性格のものなので、

 

どうしたってファンタジーが加速しがちな

 

分野ではあるとは思うんですけれど、

 

でも、そのファンタジーで自分の首を絞めていちゃ

 

元も子もないというか、本末転倒というか、

 

ものすご~くつまらないことだなあ、と……。

 

まあ、苦しい思いをすることすら

 

恋愛の醍醐味だと言われてしまえば

 

「そうですか、それならご自由に」

 

と言うほかないのですが、

 

なんだろうな、

 

私個人としては、もう、

 

そういうタイプの恋愛ファンタジーとは

 

距離を置きたいな、という気分があるんです。

 

 

 

事実、相手が自分の目の前にいるのに

 

「相手が自分の目の前にいなかったとき」

 

のことを考えて苦しんでいるのって、

 

単純に、非常にもったいないし、

 

残念なことのような気がするんですよね……。

 

 

 

ほんとうに、ここには、

 

「いま」しかないし、「これ」しかない。

 

それだけで胸いっぱい、おなかいっぱい、

 

それでいいじゃない、なにか問題でも?

 

……って、割と本気で思っているんです。

 

 

 

もちろん、そうは言っても人間だもの、

 

恋愛相手の行動に不穏な影を認めたら

 

嫉妬や不安があたまをもたげてくるのは当然だと思うし、

 

それを抑えろ、なんてことを言いたいわけじゃないんです。

 

(そんなの無理だと思うしね。)

 

ケンカしたかったらすればいいし、

 

浮気の証拠を突きつけて相手を思いっきり

 

懲らしめてやりたいなら、気が済むまでやればいい。

 

「見て見ぬフリ」をすすめているわけじゃ、決してない。

 

 

 

ただ、それをやるとしても、

 

あくまでも

 

“ここ”には「いま」しかないし、

 

“ここ”には「これ」しかない

 

ということを理解した上でやらないと、

 

結局は、不要な苦しみを抱えるばかりに

 

なってしまうんじゃないかな、と……。

 

「怖れ」から行動しても、いいことないです。

 

 

 

そういうお話でした。

 

 

 

まあ、伝わりづらいお話だとは思います。

 

誤解が生じても仕方ない。

 

でも、これ、恋愛に限らず、なににおいても

 

割と「ど真ん中」のお話だとは思うので、

 

また書きたくなったら、書きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よい一日をお過ごしください◎