目が覚めるということ(比喩でもなんでもなく)

2016年8月20日

私は、毎日だいたい22時には眠りについて、

 

朝は4時ぐらいに起きています。

 

 

 

前はいちいち目覚ましをセットしてから寝ていたけれど、

 

最近はそれもしなくなりました。

 

目覚ましを使わなくても、4時ぐらいになれば

 

ごくごく自然に目が覚めるので、それに頼っています。

 

(日によっては5時とか、あるいは3時とかに目が覚めます。

 

その場合はその時間に起きます。)

 

 

 

で、毎朝思うのが、

 

「ああ、今日も目を覚ますことができたなあ」

 

「すごいなあ」

 

っていうこと。

 

 

 

いや、なにも

 

「生きているよろこび、生かされているよろこび、感じてます!」

 

みたいな感じじゃなくて(笑)

 

まあ、もちろんそれもあるけれど、

 

どちらかと言えばもっと素朴な感じというか、

 

ごくごく単純に、

 

「目が覚めた」ということの不思議さに

 

驚いている感じなんですよね……。

 

(「感じ」「感じ」ってうるさいですね。すみません。)

 

 

 

「目が覚める」ってすごいことですよ。

 

だって、

 

「目を覚ました」のは「自分」じゃないから。

 

 

 

……って書くと、なんだかおかしな人みたいですが(笑)

 

いやいや、これ、ほんと不思議な話なんですよ。

 

 

 

いったい誰が「目を覚ます」んだろう?

 

って話です。

 

 

 

今朝だってそうです。

 

今朝、自分の力で目を覚ました人って、いますか?

 

自分の力で「いまから目を覚まそう!」と思って

 

目を覚ました人って、いますか?

 

 

 

いる?

 

いないですよね?

 

 

 

たぶん……いや、ぜったいに、

 

そんな人はいないはずなんです。

 

 

 

だって、「いまから目を覚まそう!」ができるなら、

 

その人、すでに目覚めているはずですからね(笑)

 

 

 

「自分」がなにかをするより前に、

 

「目が覚める」ということが、ごくごく自然に起きてきて。

 

そこに「自分の力」なんか、

 

ほんとうは一切およんでいなくて……。

 

 

 

じゃあいったい「誰」がそれをやっているの?

 

と言われたら、

 

もう、なにも言えなくなってしまうのだけれど……。

 

 

 

毎朝目が覚めること。

 

あまりにも「当たり前」過ぎて見落としているけれど、

 

これは地味に「奇跡」なんじゃないかな、

 

なんてことを思います。

 

 

 

こんなに不思議なことが

 

毎朝、当たり前のように起こっているなんて……。

 

 

 

まったくおおげさじゃなく、

 

感謝と感動しか、なくなってしまう。

 

 

 

やっぱり、生きているって、すごいことだなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京は朝からしっかりとした雨が降っています。

 

よい一日をお過ごしください◎