変化を起こす楽しさと、変化とともにある愉しさと。

2016年8月17日

以前の私は、

 

未来の自分について考えることが大好きでした。

 

ヒマさえあれば考えていました。

 

 

 

「こうなったらいいな~」という未来の自分の姿を

 

超・超・超! 具体的に妄想するんです。

 

どこに住んでいて、どんな仕事をしていて、

 

どんな生活をしていて……とか

 

とにかく超具体的に、超リアルに妄想して、

 

ノートにもそれを書きつづって、

 

折に触れて見返して……。

 

 

 

みたいなことをしていたら、

 

不思議なことに、かなりの確率で、

 

それらの「こうだったらいいな~」は

 

実現していきました。

 

 

 

ほんと、

 

「ええ? どうなってるの!?」ってぐらい、

 

次から次へと「単なる妄想」が

 

「確固たる現実」へと姿を変えていきました。

 

 

 

そのひとつひとつが

 

とてもとても面白い体験でした。

 

 

 

……が。

 

あるとき、ふと気づいたんです。

 

 

 

「もう、未来の私に期待することって、ないかもな」って。

 

 

 

いや、もちろん、

 

「こうだったら素敵だな~」

 

みたいなものはあるんです。

 

でも、それは、

 

もはや自分ひとりに関することではなくて、

 

もっともっと大きななにかに関するものであって、

 

しかもガシッとした「期待」ではなく、

 

フワッとした「希望」のようなもので……。

 

 

 

なんだろうな。

 

昨日も書きましたけれど、

 

「自分の人生、自分で作ってやる!」

 

と力んで、

 

ゴリゴリゴリゴリやっているのも楽しかったけれど、

 

その力みが抜けたところに、

 

ごくごく自然に展開していくすべてと

 

ただただともにあること、

 

そういう「自分」として生きていくこと、

 

そのしみじみとした愉しさに気づいたのかもしれません。

 

 

 

まあ、どちらも「たのしい」んですけれどね。

 

でも、たのしさの種類が違うんですね。

 

 

 

前者は「変化を起こす楽しさ」

 

後者は「変化とともにある愉しさ」

 

……みたいな感じかなあ。

 

 

 

どちらを選んでもいいし、

 

両方を混ぜたような生き方をしてもいい。

 

選択権はこちらにある。

 

そういう意味で、私たちは完全に「自由」です。

 

 

 

ほんとうに、どう生きたっていいんだと思います。

 

なぜなら、最初から救われているからです。

 

 

 

またこのオチ……(笑)

 

 

 

でも、ほんとうにそう思います。

 

 

 

自由を生きていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よい一日をお過ごしください◎