生きることは、バッターボックスに立つこと

2016年8月10日

「生きる」というのは、

 

「バッターボックスに立つ」ことと

 

ほとんど同意なんじゃないかなあ、

 

なんてことを思っています。

 

 

 

こう、バッターボックスに立って、

 

バットを構えると、

 

向こう側からボールが飛んできますよね。

 

 

 

それを思いっきり打つも良し。

 

空振りするも良し。

 

見逃すも良し。

 

 

 

……って感じかなあ。

 

 

 

あはは、わけわかんないですよね(笑)

 

 

 

いや、ほんと、

 

「生きている」と、ただそれだけで、

 

びっくりするぐらいいろんなことが起きてくるんです。

 

ごくごく勝手に、向こうからボールがやってくる。

 

 

 

それを思いっきり打つも良し。

 

空振りするも良し。

 

見逃すも良し。

 

 

 

……って、また同じこと書きましたけれど、

 

まあ、とにかく、自分の側にも

 

なんらかの「反応」が

 

ごくごく勝手に起きてくるので、

 

それをただただリラックスして

 

たのしみながら見つめていればいい、というか。

 

 

 

いや、ほんと、しつこいけれど、

 

ボールを思いっきり打つも良し。

 

空振りするも良し。

 

見逃すも良し。

 

……なんですよね。

 

 

 

ボールなんて、正直、

 

打っても打たなくてもどっちでもいい。

 

時にはデッドボールを受けてしまってもいい。

 

ほんとうに「なんでもいい」んです。

 

投げやりな意味じゃなくてね。

 

 

 

もう、ただ、

 

ただただ愚直にバッターボックスに立って、

 

瞬間ごとにやってくるボールに対する

 

瞬間ごとの自分の反応を見つめていくこと。

 

 

 

なんかね、そういうのこそが、

 

「生きる」っていうことなんじゃないかな、って。

 

 

 

最近、切に思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日がお盆休み前の最後の出勤になる方も多いのかな。

 

よい一日をお過ごしください◎