「これにて、一件落着!」
とは、某時代劇の決め台詞ですが、
今日は、この「落着」ということばについて
あれこれ考えてみようと思います。
(すみません。ヒマ人なもので。)
(いや、それなりに忙しいんですけれどね。)
(……まあ、いいや。)
「落着」を辞書で引いてみたら
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[名](スル)《古くは「らくぢゃく」》
1 物事にきまりがついて落ち着くこと。決着。「彼を代表にすることで―した」「一件―」
2 近世、裁判などの決着がつくこと。
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……と載っていました。
うん。
悪くない解説ですね。
ふつうに生きていく分にはこの解説で十分でしょう。
……って、天下の国語辞典さまに向かって
私、ナニサマ!? という感じですが(笑)
まあ、いいや、
不遜ついでにもうちょっとつっこんじゃおう。
「物事にきまりがついて落ち着くこと」
ってありますけれど、
この書き方だと、まるで、
物事には、どこか決まったおさまり場所が
あるかのように感じられちゃいますよね。
私が疑問符を投げつけたいのはここなんです。
だって、物事なんて、
ほんとうのところ、
瞬間ごとに、どこからどもなくあらわれ出ては、
瞬間ごとに、どこへともなく消え去っていくのであって、
決してどこかに「落ち着く」ようなものではないから。
「落着」を「落ち着く」と取るから
話がややこしくなるのかなあ~、と思います。
いっそのこと、思い切って「着」を取って
「落」だけにしてしまえばいいんですよ。
だって、
「落着させなきゃ!」と
思って焦って力んでしまう以前に、
ほんとうはすべて、瞬間ごとに
どこにとどまることもなく、
「落ちていっている」んですよね。
それはもう、目にもとまらぬ早さで
すべての物事は「落ちていっている」。
どこにもとどまる場所はありません。
落ち着きたいのなら、
「どこにも落ち着く場所はない」ことに
落ち着くしかない、というか……。
わかりますかね。
強引にまとめてしまえば、
焦ることも、力むこともないですよ、
っていうことですね。
そんなことしなくったって、
ほんとうはすべて「落(着)」しているから。
まあ、焦っても、力んでもいいんですけれどね。
その「焦り」や「力み」すら、
実際のところ、
目にもとまらぬ早さで落ちていってしまうので。
1秒前の「焦り」はもうないし、
0.1秒前の「力み」ももうありません。
その事実、それ自体に落ち着くことができたのなら、
それこそ「一見落着!」なんですけれどね。
東京は雨。
よい一日をお過ごしください◎