感情表現のコツ

2016年1月30日

今日は見知らぬおばさまに対して、

 

「あなた、ちょっとそれ、私に対してあまりにも失礼ですよ。

 

傷付きました。謝って欲しいです。」

 

と言って怒る夢を見ました……。

 

でも、そんな内容の夢であるにもかかわらず、

 

寝起きはすっきりしています。

 

前は、誰かに対して怒りを覚える夢なんか見てしまったら、

 

それこそ、一日中ぐったりして、

 

使いものにならなくなっていたのに。

 

 

 

いや、これ、比喩なんかじゃなく、リアルにそうだったんですよ。

 

私という人間は、ほんとうに、「怒る」ということが下手だったんです。

 

怒ったら怒った分だけ、きっちりと我が身にダメージを受けていました。

 

 

 

それはたぶん、怒りの表現の仕方が下手すぎたから。

 

そこに罪悪感を持ちながらやっていたんですね。

 

怒りを覚えている自分を認めていなかったし、ゆるしていなかった。

 

これって、車のアクセルとブレーキを同時に踏んでいるようなものですよね。

 

心身ともに相当なダメージを受けて当然です。

 

 

 

でも、私も、いつしか、「これじゃだめだ」と気づいたのでしょうね。

 

その気づきがあってから、少しずつ、少しずつ、

 

ちゃんと、そのままの大きさで、

 

怒りというものを表現できるようになった。

 

すると、それに付随して、

 

悲しみの表現も、よころびの表現も、

 

少しずつ、少しずつ、上手になっていったんです。

 

ありとあらゆる感情すべて、

 

それを感じた瞬間に、ぱっと表現して、

 

その場で完結させることができるようになった。

 

 

 

もちろん、いつだってうまくいくわけじゃなくて、

 

失敗することだってたくさんたくさんあるのですが、

 

それでも、だいぶ、生きることが楽になりました。

 

 

 

ぜんぶ「縁」なんだ、と思ったら、

 

自分の抱いたすべての感情に対する罪悪感は消えます。

 

相手が失礼なことを言ったのも「縁」。

 

自分がそれに対して怒りを覚えたのも「縁」。

 

すべて、そういう「縁」だった。

 

怒りを覚えるという「縁」を得たのなら、

 

それをただ、その場で、その分の大きさで、

 

きっちりとあらわすだけ。

 

以上!

 

……ということです。

 

 

 

ポイントは、思考を差し挟まずに、

 

感情を感情そのものとして、そのままの大きさで表現すること。

 

その際に、「相手」ではなく、「私」を主語にすること。

 

「私はこう感じました」「私はこのようにして欲しいです」など、

 

「私」を中心に置いて伝えると良いですね。

 

「あなたのやり方は間違っている」

 

「あなたはこのようにするべきだ」などと言って、

 

相手を責め立てても、お互いに嫌な思いをするだけで、

 

なんの解決にもならないことの方が多いです。

 

なので、こういうのは、

 

あくまで、「私の要望」というところから話をすると、伝わりやすいです。

 

そして、必要以上にネチネチとした表現を続けず、

 

言いたいことをばしっと言い切ったら、あとは忘れてしまうこと。

 

これも、かなり、大事なところだと思います。

 

 

 

まあ、こういうのだってぜんぶ縁次第で、

 

うまくいかないときだってあるのですが、

 

(私もこの間大失敗しました……。)

 

でも、これらのことをこころに置いておくだけで、

 

だいぶ違ってくるっていうことは、あるんじゃないかな、と思います。

 

 

 

私という人間は、一瞬固い表情をして、なにか厳しいことを言っても、

 

次の瞬間にはゆるんで笑っているのだそうです……。

 

表情のふり幅がものすごく大きいよね、と、

 

先日、夫にも言われました。

 

言われてはじめて気がつきましたが、

 

ああ、確かにそうかもな~、と。

 

意識的にやっているわけではないのですが、

 

まあ、瞬間ごとに完結させている方が、自分自身が楽なのでしょうね。

 

 

 

「縁」によって、瞬間ごとに立ちあらわれる、ありとあらゆる感情を、

 

混じりっ気なく、その大きさのままに表現することができたなら、

 

その瞬間に、それは「成仏」しているんですね。

 

あたまで、ああでもない、こうでもない、とこねくり回して、

 

そこに、罪悪感や羞恥心や、

 

その他もろもろの不純物をくっつけてしまうと、

 

「悲しみオバケ」や「憎しみオバケ」が発生してしまうのだと思う。

 

結果、それらに取り憑かれて苦しむのは、自分自身、なんですよね。

 

 

 

いいんですよ。

 

思いっきり怒ったって。泣いたって。笑ったって。

 

ぜんぶ「縁」なんだから。

 

 

 

ほんとうに、すべては「縁」であって、

 

それ以上でも、以下でもないんです。

 

その場で、その分の大きさで、

 

すべてを表現することができたのなら、

 

もう、それでいいんです。

 

それだけでいいんです。

 

 

 

すべての人が、それを自分自身に許可できたらいいのにな、

 

と、本気で思っています。

 

ほんとうの平和は、そこにしかないような気がするからです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京は、冷たく湿った曇り空です。

 

よい一日をお過ごしください◎