お金をちゃんと考えることから逃げまわっていたぼくらへ

2016年1月29日

突然ですが、私は、いま、

 

ものすご~~~くお金が欲しいんです。

 

め~~~ちゃめちゃ欲しい。

 

具体的な金額も言えます。

 

結構な額です。

 

もう、欲しくて欲しくてたまらない。

 

「お金が欲しいんです! お金をください!」

 

と、そんなことを大声で叫んでまわることになったとしても、

 

それを恥だとは感じないぐらい、

 

とにかく、欲しい。

 

欲しくて欲しくてたまらないんです。(二度目)

 

 

 

ってね、小出、いきなりなにを言い出すか!?

 

とびっくりさせてしまったかもしれませんが、

 

(そりゃそうですよね~。笑)

 

いやー……

 

私ね、最近になって、ようやく気づいたんです。

 

 

 

お金って、ほんとうに必要なものなんですね……!

 

って。

 

 

 

当たり前でしょ!?

 

との声が聞こえてきそうですが、

 

これがねー……

 

なかなか、その必要性というものを、

 

ほんとうの意味で認めるのに、

 

私には30年以上の年月が必要だったんですね……。

 

 

 

いま振り返って思うに、

 

私は、ずっとずっと、

 

お金をちゃんと考えることから

 

逃げまわり続けていたなあ、って……。

 

本人にそのつもりはなくても、

 

結果として、

 

うーん……めちゃめちゃ逃げまわっていたなあ……

 

と、ため息まじりに言わざるを得なくて。

 

 

 

どのぐらい逃げていたのかと言うと、

 

数年前に、そのままズバリ、

 

『お金をちゃんと考えることから逃げまわっていたぼくらへ』

 

というタイトルの本を購入したにもかかわらず、

 

本棚(の奥の奥の奥の方)に並べておくばかりで、

 

その本を実際に開くことからも逃げまわり続けていた

 

(ごくごく最近になってようやくちゃんと読みました……)

 

という体たらくで……。

 

 

 

お恥ずかしい限りです。

 

 

 

いや、でもね、そんな私も、

 

最近になって、ようやく、

 

お金という存在について考えることと、

 

ちゃんと向き合えるようになった気がするんですよ。

 

 

 

もちろん、まだまだスタートラインではありますが、

 

そこに立つことからさえも

 

逃げまわっていたいままでに比べれば、

 

もう、ぜんぜん、すがすがしさが違うんですね。

 

 

 

というのは、さっきも言いましたけれど、

 

お金って、ほんとうに、必要なものなんですよ。

 

この世界でなにかをするためには、ぜったいに必要。

 

 

 

……で、です。

 

ここで問題になってくるのは、

 

その「なにか」の中身なんですね。

 

 

 

その「なにか」に当てはまる行為が、

 

個人的で、刹那的な「欲」を満たすものから、

 

個人を超えたところにある持続的(永続的)な価値に

 

つながっていくことが予想されるものへと、

 

大きなシフトを遂げたときに、

 

私は、なんのためらいもなく、

 

おなかの底から、大きな声で、

 

め~~~ちゃめちゃ爽やかに、

 

「お金が欲しいです!」

 

と叫べるようになった気がするんです。

 

 

 

まあ、ごくごく簡単に言えば、

 

その先に、自分以外の人の笑顔があるかどうか。

 

っていうことですね。

 

その笑顔をリアルに想像できるかどうか。

 

そして、そのよろこびを自分自身のものとして感じられるかどうか。

 

 

 

そのあたりに、まさしく、

 

羞恥心や罪悪感を持たずに、

 

ためらいなく、

 

「お金は必要!」「お金が欲しいです!」

 

と、叫ぶことができるかどうかの

 

境目があるような気がしています。

 

 

 

人間って、本来的には、

 

よろこびというものを、

 

自分ひとりの身の内にとどめておけない生き物だと思うんですよね。

 

自分の行為の結果、誰かがよろこんでくれたとき、

 

もっと言えば感動してくれたときに、

 

自分自身が、いちばん大きなよろこびに包まれる。

 

そういうものだと思うんです。

 

 

 

お金っていうのは、きっと、

 

その「いちばん大きなよろこび」を

 

人間が効率よく実現するために天から与えられた、

 

めちゃめちゃおもしろい道具なんだと思う。

 

 

 

お金がなくても、もちろん、やり方次第で、

 

大きなよろこびは生み出せるけれど、

 

私だってそういうのは大好きだけど、

 

お金があると、いろんな状況を整えやすくなるっていうのは、

 

動かしがたい事実ですよね。

 

それは、たぶん、この世で「ちゃんと」生きていくためには、

 

ぜったいに、しっかりと向き合わなきゃいけないところなのだと思う。

 

 

 

たぶん、私たちが生きている間に、

 

お金というものが、

 

この世の中から消えることはないでしょう。

 

「ある」ものを「ない」かのように振舞うのは、やっぱり不自然です。

 

それならば、すでにあるそれを、できるだけ上手に使って、

 

(お金ほど「使い方次第」なものって、ないんじゃないでしょうか)

 

自分自身と、ご縁のあった多くの人々に、

 

できるだけ大きな「よろこび」と「感動」とを

 

与えて生きていきたいな、と思うのです。

 

というか、そう思えるようになったのです。

 

ほんとうに、ごく最近になって、ようやく。

 

 

 

おそらく、人生においてなすべきことが、

 

自分の中で、ぴたっと定まったのでしょうね。

 

その瞬間に、お金というものの意味が、変わってしまった。

 

 

 

私には、ある具体的な夢があるんです。

 

人生をかけて取り組みたい夢です。

 

その夢の実現の先には、多くの人の笑顔があります。

 

私は、その笑顔を、めちゃめちゃリアルに思い描けます。

 

そして、その笑顔を、私自身の一番のよろこびにできる自信が、

 

もっと言えば確信があります。

 

 

 

だから、その夢の実現に向けての状況を

 

整えるためのお金が、ぜったいに必要なんです。

 

 

 

前は、「お金が欲しい」とか「稼ぎたい」とか、

 

そういうの、みっともないと思っていた。

 

恥ずかしくてたまらないと思っていた。

 

でも、もう、なりふり構っていられない。

 

私には、お金が必要です。

 

だから、ありとあらゆる手段を使って、

 

(安心してください。法は侵しませんよ! 笑)

 

お金、しっかり稼ぎます!!!

 

 

 

こう宣言できることは、気持ちの良いことだなあ、と……

 

しみじみ思う、齢32の冬でした。

 

 

 

変化って、おもしろいね。

 

人生って、おもしろいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京は、今日からまた天気が崩れるみたいです。

 

週末には雪の予報も出ていますね。

 

どうかご自愛くださいませ。

 

 

 

よい一日を◎