保留の効能

2016年1月26日

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大福:好きなことは自分の殻にこもらないと見つけられないと思いますね。ニートになれとは言わないけれど、ある程度の引きこもりに近いことをしないと、自分の内面は見えてこないでしょう。

 

かっぱ:でも学校ではみんなと仲良くしなければならないから、下らないと思っても、キョーミがなくても、情報をマメに交換しておかなければ乗り遅れてしまう。やっぱり仲良くしなければという強迫観念に支配されてるのよ。仲良くしなさいじゃなくてさ、助け合いなさいっていうことを教えるべきだと思わない? 満員電車みたいな教室に子供を押し込むのなら、その中でなるべくトラブルを避けるためのルールとか、そういうことを教えるべきだと思う。みんなと仲良くできるなんてことは、嘘なんだからさ。

 

大福:友達がたくさんいて嬉しいのは、選挙に出馬するときと金儲けの時ぐらいですかね。

 

かっぱ:私、OLやってた頃、経理を任されることになったんだけどね、その時経理を教えてくれた課長さんが言うには「お金は合わなくて当たり前」だから、無理するなって。つまり、現金を扱ってると絶対に合わなくなってくるわけ。それを帳簿の数字と合わせるためにポケットマネーで補填したりするなって。それじゃ本末転倒だって。経理は数字を合わせるためのものじゃない。お金の出入りを正しく残すためのものだって。

 

大福:数字にぴったり合わせた方が、気持ちいいんでしょうなぁ。

 

かっぱ:現金が多い時は雑益、少ない時は雑損で計上しなさいと言われました。つまり、合わないときは保留しろということです。

 

大福:「仲良くするのが当然」とか「お金は合うのが当然」とか、正しいことだけど、大声で言わない方がいいですね。それに合わせるために歪みができてしまうわけですから。

 

かっぱ:家族もそうです。わかりあわなければいけないという呪縛で苦しんでいる人は多いんじゃないですか。子供のことがわからないと悩んでいる親はたくさんいるし。

 

大福:わからないなら、さっきの話で言うと保留するべきなんでしょうね。わかりあえなくても、お互い親切にすることはできるわけですから。

 

かっぱ:みんな、わかりあえなかったら終わりだと思い込んでる。でも、年をとらないとわからないこともあるし、永遠に続く人間関係なんてないし。

 

大福:保留は悪いことじゃない?

 

かっぱ:子供を一つの言葉でくくるとことの方がはるかに悪いです。安倍総理大臣の言う「美しい国、日本。」も、もうちょっとユルい方がいいですよね。

 

大福:じゃあ「美しかったらけっこうなこっちゃのう、日本。」ぐらいで。

 

 

(『二度寝で番茶』 木皿泉=著 双葉社=刊 「保留の効能」より抜粋)

 

 

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「わたし、北風の国のオーロラ(北極光)のことを考えてたのよ。あれがほんとにあるのか、あるように見えるだけなのか、あんた知ってる?

 

ものごとってものは、みんな、とてもあいまいなものよ。まさにそのことが、わたしを安心させるんだけれどもね」

 

(中略)

 

「雪って、つめたいと思うでしょ。だけど、雪小屋をこしらえて住むと、ずいぶんあったかいのよ。雪って、白いと思うでしょ。ところが、ときにはピンク色に見えるし、また青い色になるときもあるわ。どんなものよりやわらかいかと思うと、石よりもかたくなるしさ。なにもかも、たしかじゃないのね」

 

 

(『ムーミン谷の冬』 ヤンソン=著 山室静=訳 講談社文庫 より抜粋)

 

 

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先日、ある方とお話をしているときに、

 

「僕は、現時点で判断のつかないことは、積極的に保留するようにしています」

 

ということをお聞きして、「ああ、なるほど……!」と膝を打つ思いでした。

 

とても感動してしまいました。

 

「うーん、これは、生きる上で、ものすごく役立つ知恵だぞ」と。

 

 

 

「積極的」に「保留」する。

 

 

 

この、一見して相反するような矛盾した態度が、

 

ここでは完全に同居しているところがミソですね。

 

 

 

「こうして生きれば楽になる」系の情報(笑)に触れると、

 

とにかく、ものすごくいろんなところで、

 

「ジャッジを手放しなさい」といったようなことが

 

言われていたり、書かれていたりしますよね。

 

「ジャッジメントをやめれば、楽になれるよ!」と。

 

 

 

そりゃあ、まあ、そうなんですが、

 

でもねえ、

 

それがそう簡単にできるものじゃないから、

 

みんな苦労しているんですよね。

 

 

 

それならば、最初のうちは、それを逆手にとって、

 

「積極的」にジャッジしてしまうことを考えた方がいい。

 

ただし、「良い」「悪い」、「好き」「嫌い」という風に、

 

完全にふたつに分けてしまうのではなくて、

 

その中間に、「わからない」という選択肢を設けるんです。

 

で、「現時点では判断がつかない」なにかに出くわしたら、

 

その「なにか」を、「積極的」に、

 

「わからないボックス」に投げ入れてしまう。

 

 

 

すると、あら不思議。

 

「わからない」に分類されたものは、この時点で、すでに、

 

ジャッジの網目から、ひらりと身をかわしてしまっているんですね~。

 

積極的に分類していたはずなのに、結果として、

 

判断が棚上げされる、という事態が生じる……。

 

保留のマジック!

 

これ、ちょっと面白いですよね。

 

この面白さ、ご自身で、実際に体験してみてください。

 

 

 

「良い」「悪い」「わからない」

 

「好き」「嫌い」「わからない」

 

「わからない」を選択肢に入れるだけで、

 

だいぶ体感が変わってくることがわかると思います。

 

なんと言いますか、ほっとする感じ?

 

無理のない感じ、ゆるんでくる感じ、と言いますか……。

 

そういうの、あると思うんです。

 

それを、ひとつひとつ、大切に味わってみてください。

 

 

 

そうしているうちに、世の中の大半は、

 

実は、「わからない」でできていることに、気がついてくるんですね。

 

そして、「わからない」ことは、実は自分の敵なんかじゃなく、

 

むしろ、自分をあたたかく、おおらかに包み込んでくれる、

 

なつかしいふるさとのようなものだということに、気がついてくるでしょう。

 

 

 

「わからない」にくつろげるようになったら、

 

もう、達人の域だと思います。

 

なんの達人かって?

 

生きることの、です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も、鼻歌混じりで生きていきましょう。

 

なにもかもたしかじゃない、あいまいなこの世界を。

 

 

 

よい一日を◎