「一年じゅうを生きぬいた、さいしょのムーミントロールなんだぞ、ぼくは」

2016年1月22日

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ムーミントロールは、もの思いにしずみました。屋根の上では、じとじととした雪が、とけはじめて、ポツンポツンと音を立てて、のきからしたたりおちていました。南側の窓からは、だしぬけに、くもった夜空がのぞきました。

 

ムーミントロールは、入り口のドアのところへいって、おしてみました。すると、いくらかうごいたような気がしました。そこで、足をふんばって、ありったけの力でおしこくりました。

 

すこしずつ、すこしずつ、ドアはのろのろと、外につもった雪をおしのけて、ひらいていきました。

 

ムーミントロールは、なおもぐいぐいおして、ドアが夜のやみにむかってひらききるまで、やめませんでした。

 

いよいよ、風がまっすぐに、広間まではいってきました。風はシャンデリアのレースから、ほこりをふきはらいました。大テーブルの灰が、ぱっと舞いたちました。それから、ぐるりのかべにはりつけてあるかざりの絵を、ひらひらさせました。その中の一まいがはがれて、ふきとばされました。

 

夜と松林のにおいが、へやの中まで流れこんできました。

 

(こりゃいい気持ちだ。ときには、家の中に風をとおすものだなあ)

 

こう、ムーミントロールは思いました。彼はふみ段の上へでて、もやにつつまれた夜のやみの中を、じっとながめました。

 

「いまこそ、ぼくはのこらず知ったわけだ」

 

と、ムーミントロールは、ひとりでつぶやきました。

 

「ぼくは、一年じゅうを知ってるんだ。冬だって知ってるんだもの。一年じゅうを生きぬいた、さいしょのムーミントロールなんだぞ、ぼくは」

 

 

 

(『ムーミン谷の冬』 ヤンソン=著 山室静=訳 講談社文庫より)

 

 

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大寒波がやってきているそうですね。

 

また雪が降るのかな?

 

 

 

昨日は「大寒」。

 

一年でもっとも寒さの極まるころ、ということで、

 

暦っていうのは、ほんとうに正確なものなのだなあ、

 

と感心してしまいますね。

 

 

 

縮こまってしまうほど寒いのも、天候の影響で交通機関が乱れるのも、

 

個人的には、あまり好ましいものだとは思えないけれど、

 

でも、なににおいても、「極まる」というのは、

 

なんというか、独特の感興をもよおさせるものだなあ、と思います。

 

 

 

冬来たりなば、春遠からじ。

 

大寒の頃の大波をやり過ごしてしまえば、

 

あとはもう、雪解けを待つだけ。

 

 

 

いまがどんなに厳しくても、

 

ずっと続く「夜」はないし、

 

ずっと続く「冬」もない。

 

 

 

生きている限り、かならず

 

「朝」はやってくるし、

 

「春」もやってくる。

 

 

 

ことばにするとほんとうに陳腐になってしまってしまうのですが、

 

でも、これはこの世の真実ですよね。

 

 

 

しかも、私たち、同じところをただぐるぐると回っているだけじゃない。

 

「去年の冬」と「今年の冬」は、絶対的に違うもの。

 

「今年の冬」を知ったことが、

 

「来年の冬」に深さと厚みを与えないと、誰に言い切れる?

 

 

 

そうは言っても目の前の「冬」がつらいのなら……

 

こうつぶやいてみると、ほんの少し、こころが明るくなって、

 

見える世界が、変わってくるかもしれません。

 

 

 

「この冬を知っている、さいしょの○○○○(自分の名前)なんだぞ、

 

ぼく(わたし)は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よい冬を◎