「ていうか、もういるし。」

2016年1月3日

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笑子バアさん「私、ここにいても、いいんですか?」

 

マツコロイド「ていうか、もういるし。」

 

 

 

(木皿泉脚本ドラマ「富士ファミリー」より)

 

 

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年末年始、実家に帰ったときに、妹が、リビングのテーブルで、

 

ずーっとジグソーパズルをやっていたんです。

 

そのパズルっていうのが、よりにもよって、

 

ウユニ塩湖の風景写真の図柄で。

 

真ん中にちっちゃ~~~い人間の影がふたつ見えるだけで、

 

あとは一面、真っ青な空&それを映した真っ青な湖!!!

 

みたいなやつだったんですね。

 

パズルにするには、ちょっとあまりにもシンプルすぎるというか、

 

とっかかりがなさすぎる図柄で、さすがに笑ってしまったのですが……。

 

 

 

でも、「これ、やっていくうちに、どんどん精神が研ぎ澄まされてきて、

 

微妙な青の違いにも気づける自分になってくるんだよ……」

 

なんてことを言いながら、眉間にしわを寄せて、

 

あれでもない、これでもない、と、必死でパズルに取り組んでいる

 

妹の様子を眺めているうちに、私、なんだかしみじみしてきちゃったんですね。

 

妹の姿に、というより(笑)

 

ジグソーパズルというもの自体の構造に、感じ入るものがあった。

 

 

 

だってあれ、どんなに似たような色をして、どんなに似たようなかたちをしても、

 

ひとつのピースがぴたっとはまるところは、結局、ひとつ、なんですよね。

 

 

 

逆に言えば、どんなピースにだって、

 

かならず、ぴたっとはまる場所が用意されている、ということ。

 

 

 

そして、ひとつひとつの必然が積み重なったとき、

 

その集合体として、一枚の完璧な絵が完成する……。

 

 

 

まあ、もともとひとつだったものを、ばらばらにしてしまったのが、

 

そもそもパズルというものなのだから、当然と言えば当然なのですが。

 

 

 

でも、私はそこに、

 

ひとつひとつの存在、ひとりひとりの人間と、

 

世界と呼ばれるものとの関係と、

 

まったく同じものを感じてしまったのです。

 

 

 

 

 

ほんとうは、この世界に、「はみ出し者」なんて、

 

ひとつとして、ひとりとして、存在しない。

 

 

 

「すでにいる」「ここにいる」

 

それだけで、その証としては、十分だ。

 

 

 

……なんてね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三が日も今日でおしまい。

 

よき日をお過ごしくださいね。