自分の機嫌ぐらい パート2

2015年12月27日

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自分の機嫌よさを知る方法が坐禅や瞑想、ボディワークだと思います。

 

そこで決してやってはいけないのが機嫌よくなろうと思うこと。

 

大いなる心地よさに包まれるよう調節する感覚。

 

その感覚を常に大切にすることで、機嫌よい時間が増えていくと思います。

 

 

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つい先日、「自分の機嫌ぐらい」というタイトルのブログを投稿しました。

 

それに対して、あるお坊さんが、上記のコメントをくださったのですが……

 

うーん、さすがプロ……!!! とうなってしまいました。

 

素晴らしい補足説明を、ほんとうにありがとうございます。

 

大変に感銘を受けました。

 

とくに感動したのがこの一文。

 

 

 

「決してやってはいけないのが機嫌よくなろうと思うこと」

 

 

 

これ、ほんとうにそうですよね。

 

一番のポイントかもしれません。

 

だって、「機嫌良く“なる”」必要なんて、どこにもないんだもん。

 

それならば、

 

「機嫌良く“いる”」とか、「機嫌良く“ある”」方法を探った方がいいと思う。

 

というか、ほんとうのところ、それしか道はない。

 

 

 

 

 

「機嫌の良さ」っていうのは、いまの自分から離れた、

 

どこか遠くの宝島のようなところに、

 

ポツンとあるようなものじゃなくて、

 

それは、ほんとうのところ、

 

いつ何時でも、

 

“いま・ここ・自分”とともにある……

 

 

 

これは、ほんとうに、ほんとうのことです。

 

 

 

 

 

だからこそ、先日のブログでは、

 

茨木のり子さんの詩の一節をお借りして、

 

「自分の機嫌ぐらい 自分で守れ ばかものよ」

 

っていう風に表現したんですね。

 

“探せ”とか“取りに行け”とかじゃなくて、

 

あくまで“守れ”と。

 

 

 

「機嫌の良さ」は、

 

繰り返すけれど、

 

いつ何時でも、どうしようもなく、

 

“いま・ここ・自分”とともにあるものなのだから。

 

 

 

 

 

さて。

 

突然ですが質問です!

 

 

 

いま私が書いてきたようなことを、

 

「そっか~!」と一旦はやわらかく受け取ってみるのと、

 

「そんなわけない!」と最初から力んで拒絶するのと、

 

どちらが自分が機嫌良くいられそうですか?

 

どちらの選択をしたときに、

 

“いま・ここ・自分”に備わる「機嫌の良さ」が守られそうですか?

 

 

 

……不意打ちだった?

 

でも、瞬間瞬間のチョイスっていうのは、つまり、こういうことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も上機嫌とともに生きていこう。

 

 

 

よい一日を◎