私“の”ストーリー? 私“が”ストーリー?

2015年12月14日

私“の”問題を解決するのではなく、

 

私“が”問題であるということを理解する。

 

これが、仏教的なあり方です。

 

 

 

……とは、先日の藤田一照さんの仏教塾でお聞きしたお話ですが、

 

いやー……この表現、ほんとうに感動しました。

 

まさに、これ。

 

これに尽きるのでしょう。

 

 

 

 

 

私“の”人生に浮かび上がってきた問題に、

 

対症療法的にアプローチするのではなく、

 

その問題の大元になっている“私”そのものに目を向ける。

 

 

それによって、

 

 

ほんとうのことろ、

 

私“の”ストーリーとして問題があらわれているのではなく、

 

私“が”ストーリーなのだ、と、

 

“私”自体がフィクションなのだ、と、

 

フィクションをノンフィクションだと思い込んでしまっている、

 

そのことこそが問題なのだ、と……

 

 

そのカラクリを見抜いていく。

 

 

 

 

 

“私”というフィクションを見破れば、

 

「私“の”人生」も、「あなた“の”人生」も、

 

「彼“の”人生」も、「彼女“の”人生」も、

 

みんなみんなみんなみんな、

 

壮大なるフィクションに過ぎなかったことに気づきます。

 

 

 

そこに残るは、所有格のない Life だけ。

 

所有格のない Life を包み込むのは、圧倒的な肯定感。

 

圧倒的な肯定感の中では、壮大なるフィクションすら愛おしいのです。

 

なぜなら、壮大なるフィクションすら、まぎれもなく、

 

壮大なる Love の、ひとつのあらわれであることが理解されるから。

 

 

 

 

 

ここまでくれば、もう、すっかり安心して、

 

「私“の”人生」に戻っていけますね。

 

 

 

「私“の”人生」という名のフィクションを、

 

まったく深刻じゃなく、だからこそ真剣に、

 

全力で楽しめるようになりますね。

 

 

 

 

 

そして、それは、本来、誰にだって可能なこと。

 

だって、そっちが「ほんとう」なのだから。

 

 

 

 

 

すべては“私”を見つめることから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も Life を楽しもう!

 

よい一日を◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

藤田一照さんの「さとり」インタビュー、

 

全5回中の4回目、本日公開です。

 

ぜひお読みくださいませ◎

 

 

 

「つながり」を楽しんで生きること/藤田一照さんインタビュー(4/5)

 

http://www.higan.net/satori/2015/12/fujita4.html