自らをともしびとして歩め。

2015年11月19日

世の中の様子をぼうっと眺め渡していると、

 

「自灯明力」(じとうみょうりょく、と読んでください)が

 

スポイルされてしまっている人が多いなあ……

 

と感じることがあります。

 

 

 

「自灯明」っていうのは、お釈迦さまの遺言の中にあったことばですね。

 

「自らをともしびとして歩め」。

 

 

 

これがね~、どうも、現代人、苦手ですよね。

 

こう、どうにもこうにも、自分の足で立てない、というか。

 

そもそも、自分の足で立つことができる、ということを、

 

いまいち信じ切れていない、というか。

 

だから、変な風に、誰かやなにかにもたれかかってしまうのね。

 

自分の人生を、自分の責任で生きることができていない。

 

いつだってなにかを誤魔化しているような気分を抱えながら、

 

こそこそと逃げ回るように、隠れるようにして生きている。

 

 

 

そんなんで、生きた心地、するのかな、と……。

 

 

 

 

 

いや、随分と偉そうに、厳しいこと言ってますけど、

 

なにを隠そう、以前の私がそれだったんです。

 

自灯明の「自」の字も知らないままに、長年生きてきたんです。

 

 

 

これは、ほんとうに苦しい生き方でした。

 

自分を信じられないって、ものすごく苦しいんです。

 

苦しくて、でもどうしようもなくて、

 

だからまた周りのせいにして、そうしてさらに苦しくなって……。

 

悪循環。

 

抜け出せない。

 

地獄でした。

 

 

 

 

 

そこから抜け出したいのなら、

 

じっくり腰を据えて、「自分」と向き合うことだと思います。

 

というか、そこにしか道はない。

 

「倒れたところで立て」とは道元さんのことばですが、

 

「自分」が原因で苦しくなっているのなら、

 

とにかく逃げずに、「自分」というものを見つめなきゃいけない。

 

そこを離れて立ち上がることなんか、できないんです。

 

 

 

 

 

いや、苦しいことなんです。

 

「自分」と向き合うって。

 

ほんとうに、タフさが必要とされる仕事です。

 

長年見ないようにしてきたものと向き合うのだもの。

 

そりゃあ、つらくて当然なんです。

 

見たくないもの、嗅ぎたくないもの、触れたくないもの……

 

たくさんたくさん出てくるでしょう。

 

 

 

でも、出たら、おしまい、なので。

 

出して出して出し切ったところに、まったくあたらしい世界が開けてくるので。

 

 

 

 

 

長年ためこんだ膿を、

 

掻き出して掻き出して掻き出し切って、

 

最後に残った「なにか」が、

 

「ほんとうの自分」

 

なのだと思う。

 

 

 

 

 

つらくても、苦しくても、「自分」と向き合い続けていると、

 

あるとき、大きな転換が起こるんです。

 

「自分」ということばの意味が、まったく変わってしまうんです。

 

 

 

 

 

「自分」が、「自分」だと思っていた「自分」なんか、

 

実は、どこにも存在していなくて、

 

そこには、この世界の「すべて」としての、

 

「ほんとうの自分」だけが、「ある」……

 

 

 

「“私”はいない」

 

「すべては“わたし”」

 

 

 

「わたし」だけが、「ある」世界。

 

たった「ひとつ」の、「ほんとう」の世界。

 

 

 

 

 

「自灯明」の「自」っていうのは、

 

この「すべては“わたし”」という意味での

 

「わたし」のことだと思うんです。

 

 

 

ほんとうの「わたし」を知っているから、

 

安心して、「私」の足で立てる、歩んでいける。

 

無数の、個別の、「私」と共に、

 

互いにもたれかからず、つかず、離れず、でも寄り添い合って、

 

ほんとうの意味で支え合って、生きていける。

 

 

 

 

 

さらに、

 

「自灯明」は、「法灯明」とセットになっていますが、

 

この「法」っていうのは、

 

そのまま、

 

 

 

「“私”はいない」

 

「すべては“わたし”」

 

「わたし」だけが、「ある」世界

 

その世界を、可能にしている、「なにか」

 

 

 

のことだと思うのです。

 

 

 

これがあって、はじめて、

 

「私」は、自分の足で立って、歩んでいくことができるようになるのだと思う。

 

 

 

 

 

一見矛盾しているようだけれど、実はまったく矛盾していない。

 

事実、そういう風にして、世界は成り立っているらしい。

 

 

 

 

 

おもしろいな、と思います。

 

世界は、ほんとうにおもしろいところだな、と。

 

 

 

そして、

 

世界をおもしろがれる自分になれて、良かったな、と。

 

 

 

 

 

 

 

あったかくなったり、急に冷え込んだり。

 

毎日、なんだか、忙しいね。

 

どうか、おからだお気をつけて。

 

ご自愛くださいませ。

 

 

 

 

 

よき秋の日を。