夢を見ている場合じゃない

2015年11月15日

昨日、「人類全員で巨大なひとつの人体を形成しているとしたら……」

 

といったような“たとえ話”をこのブログに書いてアップしたのですが、

 

その直後に、あの凄惨な事件の発生を伝えるニュースが飛び込んできて、

 

ああ、違うんだ、

 

これは単なるたとえ話なんかじゃないんだ、

 

私たちは、ほんとうのほんとうに、ひとつらなりの存在なんだ、

 

切り離すことなどできない、最初からつながって生きているんだ、

 

どうしようもなく、「ひとつ」なんだ、と……

 

一刻も早く、その事実に目が開かれるよう、

 

全人類、ひとりひとりの目が、大きく大きく開かれるよう、

 

ただ、それだけを、痛切に、祈りました。

 

祈ることしか、できませんでした。

 

 

 

私たちは「ひとつ」です。

 

巨大な「ひとつ」の生命体です。

 

これはおとぎ話なんかじゃない。

 

これは、ほんとうに、まったき事実……

 

いや、真実なんです。

 

たったひとつの、真実なんです。

 

 

 

どうして人間が人間を殺めてしまうのか?

 

自分の手に握った刃物で、自分の身体中をメッタ刺しにして回っているようなものだと

 

どうして気づけない?

 

 

 

今回のことだけじゃない。

 

なにが正しいとか、なにが正しくないとかじゃない。

 

一部を切り取って騒いでも、なんの意味もない。

 

夢に夢を重ねても、ほんとうに、なんにもならないんです。

 

 

 

分離の夢を見ている場合じゃない。

 

ひとりひとりが、目を覚ますしかない。

 

つながりそのものとして、生きていくしかない。

 

もう、ほんとうに、それだけなのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

祈りを