calling

2015年11月11日

いろいろいろいろ思うところがあり、

 

昨夜はめずらしく遅くまで眠れませんでした……。

 

 

 

この「思うところ」っていうのがクセモノで。

 

自分で、自分自身を、思考の檻の中に、

 

ポーンと放り込んでしまったような感じでした。

 

ほんと、久しぶりに、ものすごく苦しかった……。

 

 

 

いや、思考自体が悪者っていうわけじゃないんですよ。

 

いまここには、縁によって、どんな思考だって、どんな感情だって、浮かんでくる。

 

なにかが浮かんでくる、その事実に関しては、良いも悪いもない。

 

ただ、その思考や感情の中身と自分自身を同化させてしまうと、

 

それはもう、「苦しみ」のはじまり、なんですね。

 

 

 

さっき、思考の檻、という表現を使いましたが、

 

これ、もっと具体的に言えば、

 

「私」と「あなた」という檻

 

ということになります。

 

 

 

昨日の私の苦しみは、人間関係に分類されるものだったのですが、

 

こういった類いの悩みの根本には、

 

いつだって、この

 

「私」と「あなた」

 

という(間違った)図式が存在しているんですね。

 

 

 

「私」という「確固たる存在」と、

 

「あなた」という「確固たる存在」があって、

 

その「ふたつ」の間には「確固たる関係」があって、

 

それが、自分にとって「良い」ものであれば問題はないけれど、

 

「悪い」ものであれば「苦しみ」の原因になってしまう……

 

私たちは、ふだん、こういう世界で生きていて、

 

これを疑うことすらしていません。

 

 

 

でもね、これ、ぜんぶ「思考」が生み出したフィクションなんですね。

 

とくにカッコをつけて示したキーワードは勘違いポイントです。

 

 

 

「思考」や「感情」の中身にとらわれない世界では、

 

つまり、そのまま、ありのままの、ほんとうの世界においては、

 

すべてはひとつらなりのものとしてあります。

 

つまり、「私」も「あなた」も巨大な縁の網目の中の一瞬の結節点に過ぎなくて、

 

それ自体に実体性があるわけではない、ということが、

 

理屈を超えたところから理解されます。

 

 

 

ほんとうは、「私」も「あなた」もいなくて、

 

すべては“わたし” なんですね。

 

 

 

これさえ見抜けば、思考の檻から抜け出せる。

 

つまり、「苦しみ」から脱出できる。

 

 

 

……ってね、まあ、こういうの、いつも書いていることなんですが、

 

でもね、人間だもの。

 

私だって思考の檻に閉じこもってしまうこと、ありますよ。

 

 

 

昨夜はほんとうにほんとうに苦しくて、もうぜんぜん眠れなくて、

 

お風呂に入ったり、大好きな本を読んだりしてみても感情は乱れっぱなしで……。

 

 

 

でもね、最後に、救いは、来た。

 

有形無形のメッセージが、私のところに届いた。

 

いや、届けられた。

 

 

 

どこから?

 

そのまま、ありのままの、ほんとうの世界から。

 

 

 

果てしなく巨大なご縁のネットワークの、

 

ほんの一部だけを写真のように切り取って、

 

この「私」が……この「あなた」が……とやっていたことが、

 

ものすごく滑稽に思えて、

 

と同時に、

 

そんな自分に、

 

“怖がらなくていいんだよ”

 

“なんの心配もいらないよ”

 

“ぜんぶ大丈夫だからね”って……

 

 

 

あれは、「私」も「あなた」も超えたところからのcallingだったと思う。

 

 

 

メッセージが届いた瞬間、

 

果てしなく広がった“わたし”という名のグラウンドに、

 

すとん、と着地できた気がしたんです。

 

 

 

ああ、もう、これでいいんだ、って。

 

なにが起こっても、これでいいんだ、って。

 

 

 

ただ、それだけでした。

 

それだけだけど、それだけだからこそ、

 

“わたし”としての「私」は、もう、大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

ぜんぜんうまくまとめられなかったけれど、

 

でも、言いたいのはただひとつ、

 

“ありがとう”

 

これだけです。

 

 

 

「私」も「あなた」もないところで、

 

“わたし”としての“あなた”に出会えたこと、

 

そのご縁をいただけたこと、

 

もう、それだけで、大丈夫だって思えます。

 

 

 

すべてをゆだねて、すべてにまかせて、ゆったり生きていこうって。

 

そうやって生きていってもいいんだって。

 

圧倒的な“大丈夫”の安心感の中で、そんな風に思います。

 

 

 

 

ありがとう。

 

 

 

あなたに。

 

世界に。

 

すべてに。

 

 

 

 

 

 

 

(寝不足の頭で書いたからか、なんか、これ、

 

ものすご~くぐちゃぐちゃな文章になった気がする……。

 

でも、いいや。このまま載せちゃおう……。)