ストリップのススメ

2015年11月10日

先日、母と妹と3人で、都内の温泉に入りに行ったのですが、

 

いや~、温泉っていいものですね~、としみじみ思いました。

 

だって、もう、そこではみんなが丸裸なんだもん!

 

 

 

老いも若きも関係なく、

 

みんな一糸まとわぬあられもなき(笑)姿でお湯に浸かっている。

 

あらためて考えてみれば、これ、ものすご~く清々しい光景ですよね。

 

 

 

裸になってしまえば、どの人間も大差ないですね。

 

みんな同じような形をして、

 

みんな同じような顔をして、

 

みんな同じように、気持ち良さそうにお湯に浸かっている。

 

 

 

服を着ているとき、お化粧をしているときには、

 

みんな「大差ある」かのようにして生きていますよね。

 

着飾って、着飾って、とにかくてんこもりに着飾って、

 

「私は“これ”です!」と必死でアピールして生きている。

 

意識的にであれ、無意識的にであれ、

 

多くの人たちはそういう風にして生きています。

 

 

 

これ、目に見える部分だけのお話じゃないですね。

 

年齢、性別、出身地、住んでいる場所、職業、年収、家族構成、交友関係……

 

これら、ぜんぶ、「自分」を規定するためのアイテムだと思われていますし、

 

私だって長年そう思い込み続けて、それを疑うことすらしてこなかったのですが……

 

 

 

ねえ。

 

でも、それ、ほんとうかなあ?

 

ほんとうに、ほんとうかなあ?

 

 

 

年齢、性別、出身地、住んでいる場所、職業、年収、家族構成、交友関係……

 

それらをひとつずつ外していったときに、

 

最後に残る「自分」は、誰???

 

 

 

その「自分」こそが、ぜったいに揺るがない、

 

「ほんとうの自分」だったりするんじゃないかなあ。

 

 

 

裸になることって、とても大切ですね。

 

服も、化粧も、アクセサリーも、

 

ぜんぶぜんぶ取り払ってしまったところにただある「自分」。

 

その「自分」にくつろげたら、

 

つまり、丸裸の「ほんとうの自分」と仲直りできたら、

 

もう、最強だと思う。

 

 

 

というか、もう、思い切って言ってしまえば、

 

「ほんとうの自分」を生きることにしか、

 

ほんとうの意味での「しあわせ」は、ないんじゃないかな、と。

 

しあわせに生きたいのなら、そこは決して避けて通れないんじゃないかな、と。

 

 

 

「ほんとうの自分」を生きることは、

 

「ほんとうのいのち」を生きることに他ならないのだから。

 

 

 

 

 

私は、なんの取り柄もない、「ただの人」ですが、

 

ただひとつ、

 

「ぜんぶ脱いじゃっても大丈夫だよ」と、

 

「丸裸になることは、怖いことじゃないよ」と、

 

「ほんとうの自分で生きることは、心地よいことだよ」と、

 

それだけは、誰かに伝えていけるかもしれないな、と。

 

それを伝えていくことが、ひとつ、私の役割なのかもしれないな、と。

 

そんなことを思っています。

 

 

 

「あなたが脱げないのならば、私が先に脱ぎましょう」

 

「誰でもない、なんでもない“わたし”として、

 

笑ったり、泣いたり、怒ったりして生きている、

 

その姿を、とくとご覧にいれましょう」

 

いつだってそういう心持ちでいます。

 

まあ、たまにはね、綺麗な服や、流行りのコスメや、

 

キラキラ光るアクセサリーなんかが欲しくなったりもするんですけれどね。

 

で、実際に手に入れて、身に着けてみちゃったりもするんですけれどね(笑)

 

でも、できるだけ……ね。

 

 

 

 

 

今日もどこかで大胆ストリップ。

 

公然わいせつ罪でお縄ちょうだい、となったら……

 

助けてください……(笑)

 

 

 

 

 

 

 

丸裸で温泉に浸かっているような気分で、今日も心地よく生きていこう。

 

よき日を!