「負けて勝つ」ということ。

2015年11月8日

ものごとにはすべて、その反対の要素が含まれている。

 

・極度のインフレは不況をまねく。

 

・力の誇示は不安を感じさせる。

 

・昇るものは降りなければならない。

 

・繁栄を望むなら物惜しみをしてはならない。

 

 

 

また――

 

・女性的なるものは男性的なるものより長持ちする。

 

・女性的なるものは許し、男性的なるものはことを起こす。

 

・女性的なるものは降伏し、包みこみ、そして勝利する。

 

 

 

そして――

 

・水は岩をうがつ。

 

・精神は腕力を負かす。

 

・弱きものは強きものを和らげる。

 

 

 

ものごとが逆転し、内と外、上と下が入れ替わるところに目をつけなさい。

 

 

 

(『タオのリーダー学』 ジョン・ハイダー=著 上野圭一=訳 春秋社=刊 より抜粋)

 

 

 

 

 

 

 

最近、「負ける」ということに対する感懐が、

 

以前とはすっかり変わってしまっている自分に気がつきました。

 

 

 

負けることに内包される、ほんとうの強さ、というのかな。

 

それを、少しずつ、見出せるようになってきたんですね。

 

負けた先に、ほんとうに望む世界が開けていることがある。

 

その事実に、私も、遅ればせながら、ようやく気づきはじめたのでしょう。

 

(なんだか他人事のようですが……。)

 

 

 

私がほんとうに望む世界、っていうのは、

 

「あったかくて、なつかしくて、ひろがっていく」世界のことです。

 

最近こればっかりですけれど、でも、大事なことですね。

 

もう、この3つだけでいいんじゃないかな、っていうぐらい、

 

これらは、私にとって、とても大事な質なんです。

 

 

 

こういう世界に自分を住まわせることが、

 

私自身、以前より容易にできるようになってきたんですね。

 

それには、やっぱり、「負ける」ということが関係しているんじゃないかなあ、と。

 

 

 

「あったかくて、なつかしくて、ひろがっている」世界って、

 

つまり、

 

「自分」と「世界」との境目が、とけてなくなっている世界、

 

のことなんですよ。

 

「自分」と「他者」との境目が、とけてなくなっている世界、

 

と言い換えてもいいかもしれない。

 

 

 

私たちは、ふだん、この皮膚の内側に閉じ込められた、

 

“この”自分だけを「自分」だと思って生きていますよね。

 

そして、必死で「自分」を守ろうとして、肩肘張って、あれこれ努力を重ねている。

 

 

 

でもね。

 

一度、思い切って「負け」てみて、

 

さらに、思い切って、その「負け」に「くつろいで」みると……

 

自分が「自分」だと思っていたものの範囲が、一気に広がってしまうんですよ。

 

 

 

これって想像以上に心地いいことなんですよね。

 

なぜなら、そこで待っているのは、

 

「あったかくて、なつかしくて、ひろがっている」世界、だから。

 

そして、自分のほんとうの望みは、

 

その世界で自由に遊ぶことにあるのだから。

 

 

 

なんというのかな。

 

「他人」に負けて「自分」に勝つ、

 

というのかな。

 

 

 

ほんとうの敵は、「他人」なんかじゃなくて、

 

自分というものを小さな範囲に押し込めて閉じ込めてしまう、

 

“この”「自分」なのかもしれないですね。

 

 

 

表面的な「勝ち」がもたらすものって、

 

実は、一時的な高揚感だけ、だったりするんですよね。

 

ほんとうに欲しいものは、そこにあるのかな?

 

 

 

自分がほんとうに望んでいることはなんだろう、と考えてみると、

 

勝ち負けに対する態度も、変わってくるものなのかもしれませんね。

 

 

 

負ける、認める、ゆるす、ゆだねる……

 

キーワードは、「いいよ」 かな。

 

 

 

ジョン・レノンとオノ・ヨーコの出会いの場にも「YES」がありましたね。

 

「NO」の対極としての「YES」じゃなくて、

 

「NO」をも含んだすべてをおおらかに包み込んでしまう、

 

果てしなく大きくてやさしくてあたたかな「YES」。

 

これ、すごくヒントになるお話だと思います。

 

 

 

積極的に負けて生きていこうじゃないの。

 

 

 

 

 

よき秋の日を!