「期待はせずに、でも、希望は捨てずに」

2015年11月3日

昨日、ある方とメールのやり取りをしているときに、

 

すらすら~っと、

 

「期待はせずに、でも、希望は捨てずに」

 

というような表現が出てきて、自分でちょっと驚きました。

 

だって、これ、まったく、頭で考えた表現じゃなかったから。

 

こ、この手が勝手に……! と申しますか、

 

とにかく、気がついたらこういう文面を作っていたのでございました……(合掌)

 

 

 

「期待」と、「希望」。

 

自分自身、いままでこのふたつを、

 

明確に使い分けてはこなかったように思うのですが、

 

あらためて考えてみれば、だいぶニュアンスの違うことばたちですよね。

 

 

 

「期待」は、“遠くの光を目指していく”というイメージ。

 

「希望」は、“自分が光そのものになってしまっている”というイメージ。

 

 

 

“光になる”と、“光である”でもいいかな。

 

 

 

これ、ぜんぜん違いますよね。

 

前者は結果志向、後者はプロセス志向というか。

 

キーワードは“「いま」との親密さ”ということになるかな……。

 

 

 

“光になる”  “光である”

 

 

 

なんとなく、後者の方が、

 

「あったかくて、なつかしくて、ひろがっていく」感じがしますよね。

 

私は、こっちの方が好きだなあ。

 

 

 

「期待」を持つことは悪いことではないけれど、

 

(それは時に大きな原動力にもなりますからね。)

 

それに固執しすぎてしまうと、

 

どうしても、「いま」がおろそかになってしまう。

 

「いま」がおろそかになると、

 

「あったかくて、なつかしくて、ひろがっていく」

 

という3つのクオリティーとは真逆の方向に進んでしまう、

 

といったことが起きてくる。

 

それは、決して、私の望むことではないので……。

 

 

 

心地よく生きていたいから、

 

私は、「いま」と親密でありたい。

 

光との距離をゼロにしていたい。

 

それそのものである自分に気づいていたい。

 

 

 

いや、「ありたい」も、「したい」も、「いたい」も、

 

「いま」にはなくて、

 

ただ、

 

 

 

“それそのものである自分を受けいれよう”

 

 

 

うん。

 

もう、これだけなのかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

今日も軽やかに生きていこう。

 

期待はせずに、でも、希望は捨てずに。

 

 

 

よい一日を!