「あなたに訊ねようと思ってたことがあるの。いいかしら?」
「どうぞ。」
「何故人は死ぬの?」
「進化してるからさ。個体は進化のエネルギーに耐えることができないから世代交代する。もちろん、これはひとつの説にすぎないけどね。」
「今でも進化してるの?」
「少しずつね。」
「何故進化するの?」
「それにもいろんな意見がある。ただ確実なことは宇宙自体が進化してるってことなんだ。そこに何らかの方向性や意志が介在してるかどうかってことは別にしても宇宙は進化してるし、結局のところ僕たちはその一部にすぎないんだ。」僕はウィスキー・グラスを置いて煙草に火を点けた。
「そのエネルギーが何処から来ているのかは誰にもわからない。」
「そう?」
「そう。」
彼女はグラスの氷を指先でくるくると回しながら白いテーブル・クロスをじっと眺めていた。
「ねえ、私が死んで百年もたてば、誰も私の存在なんか覚えてないわね。」
「だろうね。」と僕は言った。
(『風の歌を聴け』 村上春樹=著 講談社=刊 より抜粋)
私が死んで百年もたてば……
不思議だなあ。
ぜんぶ「まぼろし」なんだなあ。
でも。
それでも。
「私」は、いま、ここに、
こうして確かに「ある」よなあ。
一回きりの、この「私」、
好きに生きても、いいのかもなあ。
好きに生きても、いいんだなあ。
あなたのこころが、穏やかでありますよう。
しあわせを、生きることができますよう。