「いま、ここで、出会ってくれてありがとう」

2015年9月25日

四国遍路の旅から、昨晩、東京に戻って参りました。

 

今回は室戸岬の先端に位置する、四国霊場24番札所・最御崎寺から、高知市長浜の33番札所・雪蹊寺まで、

 

合計で何キロぐらいになるのかな? まあ、とにかく、夫と二人、すべて歩いて回ることができました。

 

 

 

お遍路さん、やっぱりいいですね。

 

なにがいいって、あれほどわかりやすくて効果の出やすい修行もなかなかないよなあ……と。

 

ほんとうに、よく出来たシステムです。

 

よく整えられた舞台装置、舞台環境というか……。

 

素晴らしいです。あの文化は日本の宝だね。

 

と、まあ、そのあたりは追々詳しく書いていくとして。

 

 

 

今回もいろいろな気づきをいただきながらのお遍路さんだったのですが、

 

とくに強く……というか、歩いているとき、常にこころにあったのが、

 

「いつだって、“いま”だし、“ここ”以外、どこにも行っていないんだよなあ……」

 

という、実感を超えた実感で。

 

 

 

なんだ、結局いつもブログで書いていることと一緒じゃん! って話なんですが、

 

いやー……でもね、もう、そこには「実感」しかなかったんです。

 

もう、あたまで考えるとかそういうレベルの話じゃなくて、

 

からだまるごと……というか存在まるごと?

 

いや、小出遥子個人という存在をひっくるめた「世界」まるごとで、

 

ただただ、そう、感じていた、

 

主語なしで、そう、感じていた、というか……。

 

 

 

「いま・ここ」以外、どこにも行っていない。

 

いつだって「いま」だし、どこだって「ここ」だよ。

 

「これ」以外に「世界」はないよ、と。

 

 

 

一歩足を踏み出すごとに「世界」は変わる。

 

「一期一会」の意味を、これほどまでに噛みしめたことってあったかな……。

 

 

 

 

29番国分寺から30番善楽寺に至るまでの田んぼのど真ん中の細い農道でね、

 

私の足元を、3、4匹の蝶々が、ひらひらと飛んでいったんです。

 

その瞬間。

 

「いま、ここで、出会ってくれてありがとう」

 

って。

 

もう、「世界」の「すべて」に対して、「ありがとう」って。

 

それだけしかなかったんです。

 

 

 

毎瞬、毎瞬が、「奇跡」なのだなあ……。

 

ほんとうに、「ありがとう」しかないなあ……。

 

 

 

……なんてことを言いながら、

 

雨に濡れて足元が冷えただけで(昨日の高知は警報が発令されるほどの大雨でした……)

 

もうすっかり「不機嫌の極み!」みたいな状態に陥って青白い顔してぶすくれて口数少なくなってしまうような小出遥子さんもまだまだ御健在で!

 

「所詮、私の修行なんてこの程度のもんよ……(涙)」

 

と、忸怩たる思いも抱えつつ……

 

また今日から、「世界」とあたらしく出会いつつ生きていこう、と。

 

その気持ちだけは、できるだけ忘れずに生きていこう、と。

 

そんなことを思っています。

 

 

 

 

 

東京は、雨。

 

今日も、良い一日を!