氷の世界と水の世界

2015年9月3日

攻撃的な人っていますよね。

 

いっつもどこか不満げな顔をして、

 

「俺の不機嫌はお前のせいだ!」とばかりに、

 

誰かや何かを激しく責めたてて生きているような人。

 

 

 

はっきり言って、そういう人、私、ものすごく苦手です……。

 

だから、そういう傾向が見られるような人には、

 

できるだけ、最初から接触しないようにしています。

 

そりゃそうです。

 

誰だって自分を傷つける恐れのある人の近くになんかいたくありません。

 

 

 

でも、ふと思ったんです。

 

彼らだって、「誰かを傷つけよう」と意図して、

 

あんな風に生きているわけじゃないんだよな……って。

 

いや、中にはそういう人もいるかもしれないけれど、

 

大半は、「結果として」そうなってしまっただけなんじゃないかな……って。

 

 

 

自分自身を省みてみるとすぐにわかります。

 

そのつもりはなくても、結果的に誰かを傷つけてしまったようなとき、

 

私は、「自分」を守ることに必死でした。

 

自分が傷つきたくないあまり、

 

どんどん「自分」を強化していって、

 

そこら中を尖らせたカチカチの氷のような状態になって、

 

結果として、周囲の人を無差別に傷つけてしまう……

 

そんな事態に陥ったこと、数えきれないぐらいあります。

 

 

 

「自分」を守ろうとして、「自分」を固くする。

 

結果、誰かを傷つけることになって、

 

それによって、もっと傷付く。

 

「もうこれ以上傷付きたくないよ!」と、

 

もっともっと「自分」を守ろうとして、

 

もっともっと固くなって、

 

もっともっと攻撃的になっていく……。

 

そんな悲しいループが、そこら中で起きているのが、この世界なのだと思います。

 

 

 

どうして「自分」を守ろうとしてしまうのか?

 

それはやっぱり「恐い」から。

 

どうして「恐い」のか?

 

「自分」のほんとうの姿を、知らないからです。

 

 

 

こんなたとえを聞いたことがあります。

 

 

さとっていない人……「氷」のビジョンで生きている人

 

さとった人……「水」のビジョンで生きている人

 

 

もっと言えば、さとった人は「水」の状態にも固執しない。

 

自分の正体は「水」でも「氷」でもない、「H2O」なのだ、

 

その自覚を生きている存在こそが、“仏”なのだ、と。

 

なるほどなあ! と思いました。

 

 

 

「氷」のビジョンを持つ人は、分離の世界、ばらばらの世界を生きています。

 

そこではみんなが「氷」だから、そこらじゅうで競争やぶつかり合いが起こっています。

 

こころの休まる暇のない世界です。

 

 

 

「水」のビジョンを持つ人は、融合の世界、つながりの世界を生きています。

 

そこではみんなが「水」だから、つまり「ひとつ」だから、争いが起こるはずもありません。

 

たまに一部が「氷」になったとしても、周りが水だから、ぶつかり合いは起こらない。

 

それに、自分の正体は「H2O」だということを理屈を超えたところから知っているので、

 

一時的に固体になっても慌てないし、気にしない。

 

真の平和が、そこにはあります。

 

 

 

でも、残念なことに、世の中の大半の人は、「氷」の世界を生きています。

 

自分は一個の「氷」であって、みんなも「氷」で、

 

それぞれがばらばらに、世界から切り離された状態で存在している。

 

だからこそ、自分を守らなくてはいけない。

 

自分を守るためには、もっと固くならなきゃいけない。

 

本当は傷つけ合いたくなんかない。

 

でも、これ以外の生き方を知らないのだから仕方ない……。

 

私も、なにかあると、すぐにそんな論理をもち出して、

 

「自分」を強化しようとしてしまいます。

 

でも、それじゃ、永久にこころは休まらない。

 

つまり、「しあわせ」にはなれない……。

 

 

 

でも……。

 

 

 

私たちは、ほんとうに、一個の「氷」に過ぎないのかな。

 

「水」として、とけて、ゆるんで、つながって……

 

すべてと「ひとつ」となって生きていくこともできるんじゃないかな。

 

ほんとうは、それが「自然」な状態なんじゃないかな。

 

そこにこそ、ほんとうの「しあわせ」があるんじゃないかな。

 

 

 

これは決して夢物語なんかじゃないです。

 

現に、「水」のビジョンでいのちを生きることをはじめた人、

 

私の周りにもどんどん増えていっています。

 

 

 

ほんとうは、みんな「水」として生きていきたいのだと思う。

 

誰だって誰かを傷付けたくなんかないし、傷付きたくなんかないはずだから。

 

 

 

ひとりひとりが、個としての「自分」の幻想性、不在性に気づき、

 

全体性に目覚めれば、

 

「世界」は変わる。

 

 

 

そんなことを、本気で考えています。

 

 

 

 

 

 

 

よき日をお過ごしください。