「健康」のバロメーター

2015年7月26日

昨日、ふらっと立ち寄った書店で、健康本のコーナーをのぞいたのですが、

 

そこに並ぶ本たちをざっと眺めて、

 

正直、「うーむ……」となってしまいました。

 

なんというか、

 

「これでほんとうに健康になれるとは思えないんだけど……」

 

と思ってしまうような内容の本ばかりで。

 

 

 

具体的に言えば、

 

「○○していたら長生きできない!」とか、

 

「○○健康法があなたの寿命を縮める!」とか、

 

なんか、そういうのばっかりじゃん、と。

 

「愛」か「恐れ」かで言ったら、完全に後者をベースにしたものばっかりじゃん、と。

 

 

 

いや、そういうのでも、なにかひとつ「これ!」と決めて励めば、

 

一時的にであれ、数値的にはなんらかの改善が見られるようなこともあるでしょう。

 

でも、それだけで、ほんとうに「健康」になったと言えるのかな、と。

 

そこに「自由」はあるのかな、と。

 

 

 

私の思う健康は、「自由」とセットです。

 

その人が、“いま”どれだけ「自由」を生きているか。

 

「自由」を生きる、というのは、「愛」を生きる、ということです。

 

それだけが「健康」のバロメーターだと思っていて。

 

数値なんかで「健康」がはかれるものか、と。

 

冗談じゃないよ、と。

 

 

 

だから、ものすごく極端なことを言えば、

 

数値的にはすべてが「正常」で、医師に「ひとつも問題がありません」と

 

言われるような状態にあっても、残念ながら「超不健康」な人はごろごろいるし、

 

逆に、余命一週間を宣告されるような状態にあっても、「超健康」な人だってごろごろいる、

 

そういうことです。

 

これ、本気でそう思っています。

 

 

 

自分が「健康」かどうかは、自分で決めるものだと思うんです。

 

決して第三者に一方的に判定されるようなものじゃない。

 

「正常な数値」や「長生き」

 

それらと「健康」って、ほんとうにセットなのかな?

 

あなたはほんとうにそう思っている?

 

盲目的に信じ込んでいる(信じ込まされている)だけじゃない?

 

 

 

これをしちゃいけない、あれもしちゃいけない、

 

本当はやりたいけど、それじゃ長生きできないって言われているし……

 

そんな風に「恐れ」で自分を抑えて縛ってがんじがらめにして、

 

「自由」でいられますか?

 

そんな自分は「愛」を生きていると思いますか?

 

そんなのが「健康」だって言い切れますか?

 

 

 

どんな健康法を取り入れたっていいんです。

 

でも、自分が、それを「恐れ」から選んでいないか、

 

そして、その健康法は、ほんとうに自分を「健康」にしてくれるのか、

 

それによって、自分は「自由」を、「愛」を生きることができるのか、

 

自分自身に、いま一度、よ~く問いかけた方がいいと思う。

 

頭で考えるんじゃなくて、おなかの底から湧き上がるような「自由」への、「愛」への衝動に、素直に従うんです。

 

それだけが、「健康」への一本道だと思います。

 

 

 

外側に正解はありません。

 

自分にとっての正解は、自分しか知らないのだから。

 

 

 

 

 

みんなが、健康なのがいいな。

 

みんなが、自由を、愛を、生きられるようになったらいいな。

 

どうか、今日も、お元気で。健やかに。