いまこそ、「こうありたい」を。

2015年7月16日

私たちは、どうしても、外側で起こっていることに対して「反応」をしてしまいがちけれど、

 

いたずらに怒ったり、嘆いたり、怖がったり、

 

感情にまかせて誰かやなにかを糾弾したりしてしまいがちだけれど、

 

でも、

 

こういう時こそ、まずは、ひとりひとりが、

 

「果たして自分はどうありたいのか」ということに、

 

しっかりコミットした上で動かないと、

 

結局なににもならなかったね、という結果に終わってしまうのではないかな……

 

そんなことを思うのです。

 

 

 

まず思いをめぐらせるべきなのは、

 

「外側の状況がどうなればいいのか」

 

ではなく、

 

「自分はどうありたいのか」

 

の方です。

 

主語は、あくまで「自分」。

 

「自分」が、「どうありたいのか」。

 

そこが一番のポイントです。

 

 

 

「自分」を置き去りにしたままで、

 

「誰か」や「なにか」の一挙手一投足に翻弄され続けていたって、

 

力は奪われるばかりです。

 

そして、それこそ、私たちが「反応」してしまう

 

「誰か」や「なにか」の思うつぼなのかもしれません。

 

 

 

大切にすべきは、

 

「自分はどうありたいのか」の方です。

 

間違えないでください。

 

「どうなりたいのか」ではなく、「どうありたいのか」です。

 

それをド真ん中にばしっと置くことができれば、からだは自然と動いていきます。

 

状況も、おのずと整ってきます。

 

これはもう、かならず、です。

 

どうか、安心してください。

 

 

 

「自分に向き合っている時間なんかない! まずは目の前のことをどうにかしないと!」

 

そんな風に焦ってしまう気持ちは、ものすごく良くわかります。

 

でも、自分自身の「こうありたい」を不在にしたままに状況を変えることなんか、

 

果たして本当に可能なのでしょうか。

 

 

 

すべての力の源は、「こうありたい」にあります。

 

忘れないでください。

 

主語は、いつだって「自分」です。

 

 

 

誰に遠慮することなく、自分自身の「こうありたい」と向き合ってください。

 

「自分はどうありたい?」

 

ただ、それを、自分自身に、真剣に問いかけるのです。

 

ひとりひとりがそれをするべき時が、やってきていると思うのです。

 

 

 

「こうありたい」から、生きていきましょう。

 

どうか、不安に負けないでください。

 

ひとりひとりが「こうありたい」を大切にできるようになれば、

 

ぜったいに、大丈夫なのだから。