うちゅうひこうしのうた

2015年7月15日

ちょっと不思議な夢見たの

 

私は宇宙飛行士で あなたは農夫

 

麦わら帽子に送られて

 

私は元気に飛び立つの

 

空の青さ 重さ 時間の果てしなさ 地球の遠さ

 

コンピューターのかすかな唸り…

 

あなたの育てたトマトの匂い

 

 

 

イオンのパルスは順調よ

 

きょうも宇宙ラジオに あのリクエスト

 

アルデバランが輝いて

 

星座がこんなに騒ぐから

 

星の運河 彗星たちの渡り鳥 沙漠の影

 

小惑星群のヒツジたち…

 

あなたのTシャツ レタスの匂い

 

 

 

(「うちゅうひこうしのうた」 坂本真綾=歌 一倉宏=詞 より抜粋)

 

 

 

 

 

「私、死ぬのがまったく怖くないので」

 

昨日ある方とお話ししていて、あまりにするっと上記のことばが出てきて、

 

自分でちょっと驚きました。

 

ああ、私、本当の本当の本当に、「死」に対する恐怖心がないんだな、と。

 

 

 

まあ、これもぜんぶ“(自分の)死”という、絶対にとれないカッコ付きですけどね。

 

いやですよ、大切な人の死は。

 

痛くて痛くて痛くて、想像するだけで涙があふれて止まらなくなるぐらい、いや。

 

ものすごく、いや。

 

いやでいやでたまらない。

 

そんなのは当たり前のことです。

 

 

 

でも、自分が死ぬことは、本当の本当の本当に、一ミリも怖くない。

 

死は「出立」ではなく、「帰還」。

 

「ただいま」と笑顔を浮かべると、

 

「おかえり」と手を広げて待ってくれている場所がある。

 

だから、なにも怖くない。

 

 

 

決して頭だけの理解で言っているわけじゃないです。

 

おなかの底から、上記のことを、確信しているんです。

 

「確信」なんてことばじゃ追いつかないぐらい、

 

わたしは、ただ、そのことを「知っている」。

 

だから、本当に、ちっとも怖くない。

 

 

 

このブログでも、過去、幾度も幾度も書いていることだけど、

 

時折、ふいに、完全に、「死んだ人」の目線で、この世のすべてを眺め渡していることがあって。

 

ただただ、ひとつの透明な目となって、宙に浮かんでいる感じになるんです。

 

 

 

そこには、

 

空も、時間も、地球も、

 

恒星も、星座も、小惑星群も、彗星も、

 

コンピューターの唸りも、

 

あなたのTシャツも、

 

トマトの匂いや、レタスの匂いも……

 

ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、ただそこにあって、

 

ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、そこでは並列で、

 

そこには一切の差がなくて、

 

ただただ、

 

ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、

 

ぜんぶが、「愛おしさ」としてある、

 

そんな感じになるのです。

 

ただただ、「生きて欲しいな」と、願うばかりになるのです。

 

 

 

あの「愛おしさ」を知っているから、私は、死ぬのがちっとも怖くない。

 

でも、生きる。

 

あの「愛おしさ」を知っているからこそ、

 

私は、生きる。

 

死ぬまで生きてやろうじゃないか。

 

 

 

 

 

東京の空は、今日も、青い。

 

暑くなりそうだね。

 

ただただ、生きていきましょう。