「どうでもいいよ」と「愛しています」

2015年7月4日

毎朝ブログを書いて、アップして、一度読み返して、ふうっと一息つきながら、毎回思うことがあるんです。

 

それは……

 

「まあ、結局、なんでもいいし、ほんとうに、どうでもいいんだけどね」

 

ということで……(笑)

 

あはは! 身も蓋もなさすぎる!!!

 

 

 

いや、ブログを書いているときだけじゃないですね。

 

たとえば真剣に話していたり、真剣に仕事をしていたり、真剣にお茶をいれたり、

 

真剣に買い物をしたり、ときに誰かと真剣に喧嘩をしていたりするときにも、

 

ふと、「まあ、どうでもいいんだけどね」の声が聞こえてきます。

 

というか、その声は、実は、常時、私という存在のベースに響き続けています。

 

 

 

でも、「投げやり」というわけでは、決してない。

 

むしろ、そこには圧倒的な「愛」がある。

 

「愛」があるからこそ、「真剣」に、目の前の行動に向かえる、ということは言えるかもしれない。

 

 

 

そう。

 

私の中で、

 

「なんでもいいよ」「どうでもいいよ」

 

 

「愛しています」

 

は、同義なんです。

 

 

 

ここ最近、毎日のように書いていますが、

 

この世界は、このままで、ほんとうにこのまま、足すことも引くこともできないほどに、

 

完全に、完璧なんです。

 

そのことを「信じている」というよりも、

 

むしろ、「知っている」。

 

世界は、このままで、完全に、完璧であることを、完全、完璧に、「知っている」。

 

その完全さ、完璧さは、誰がなにをしたところで決して崩れるようなものではない。

 

というか、誰かがなにかをする、その行動、活動すら、すべて含め抱いた上での

 

完全さ、完璧さが、ここには「在る」んです。

 

だからこそ、「なんだっていい」し、「どうだっていい」んです。

 

「なんでもいいよ」「どうでもいいよ」のかたちをとった「愛しています」は、

 

そのまま、この世界の完全さ、完璧さへの、賞賛のことばです。

 

 

 

完全、完璧な世界は、そのままで、「愛」です。

 

私は、この世界を、愛しています。

 

世界そのものとして、愛そのものとして、愛しています。

 

 

 

 

 

今日も、気楽に、でも真剣に、完全、完璧な世界を生きていきましょう。

 

よき日を!