バイバイ、期待。

2015年5月2日

むか~しむかしのその昔、私がいまよりもうんと若かった頃、こんなことがありました。

 

 

 

その頃、私は、お付き合いをしていた男性に対して、ほとんどいつだって腹を立てていました。

 

彼は、私が期待するようなことを、ことごとくやってくれないのです。

 

ひとつひとつは小さなことです。

 

挨拶の仕方とか、メールの返信の仕方とか、もう、並べ立てるのも恥ずかしくなってしまうほどに、本当に、ごくごくささいな、とるに足らないようなことばかりなのです。

 

でも、ひとつ期待して、またひとつ裏切られて、傷付いて、苛立って、悲しくなって、消耗して……というのを繰り返しているうちに、

 

私は、もう、すっかり疲れ果ててしまって、

 

「きっと、もっといい人がいるに違いない。私の期待にすべて応えてくれるような素敵な人が……」

 

なんてことを考えはじめ、「別れ」の二文字を頻繁に思い浮かべるようになりました。

 

ある晩、ついに決意を固めた私は、彼に電話をかけました。

 

「明日、会わない?」

 

 

 

翌日はとてもよく晴れた休日で、街ゆく人々は、みな、こころなしか、華やいだ雰囲気に包まれているように見えました。

 

「今日の終わりに、駅でさよならを告げよう。でも、今日一日は、いままでの感謝を込めて、二人で思いっきり楽しく過ごそう」

 

そう考えた私は、待ち合わせ場所に少し遅れて現れた彼に、とびっきりの笑顔で声をかけました。別れの気配など、微塵も感じさせないような明るさで。

 

「おはよう! 待ってたよ!」

 

 

 

その数時間後。

 

私は、すっかり満たされた自分のこころを発見することになったのでした。

 

 

 

その日の彼は、まるで別人のようでした。

 

ものすごくやさしくて、自然に気を遣ってくれて、会話も弾んで……

 

付き合いたてのころの二人に戻ったかのようでした。

 

本当に、あまりにも、楽しかったのです。

 

 

 

結局、私と彼が別れることはありませんでした。

 

 

 

私は、気づいてしまったのでした。

 

すべての元凶はこちらの「期待」にあったのだと。

 

彼を、「期待に応えてくれない人」にしてしまっていたのは、ほかでもない、自分自身だったのだと。

 

 

 

その日、私がしたことはただひとつ。

 

「一切の期待を持たずに、目の前の相手と接すること」

 

それだけでした。

 

 

 

「期待」を持たずにいたら、結果として、「期待」を全面に押し出していたときには決してかなえることのなかった望みが、すべて、本当にすべて、いとも簡単に叶えられてしまったんです。

 

 

 

この日のことは「伝説のデート」として、私史上にくっきりと刻まれています。笑

 

天地がひっくり返ってしまうほどの大きな気づきをもらった出来事でした。

 

これは、私にとって、本当に、本当に、本当に! ありがたい気づきだったのでした。

 

あの気づきがなければ、いまの私は存在していないでしょう。

 

 

 

 

 

誰かやなにかが自分の期待に応えてくれないとき、怒りや悲しみをやみくもに相手にぶつける前に、ひとつ考えるべきことがあります。

 

「相手を“期待に応えてくれない人”にしてしまっているのは、一体誰だろう?」

 

 

 

厳しいですか?

 

でも、ここにこそ、人生を軽やかに渡っていくための鍵があることは間違いがないんです。

 

 

 

「期待」を握りしめたままだと、手のひらはずっとグーのまま。

 

思い切ってそれを手放してしまったとき、パーのかたちに開かれた手のひらの上に、

 

「ギフト」はそっと載せられるものなのだと思います。

 

 

 

まあ、「期待を手放せ!」って言われても、そう簡単に手放せるものでもないんですけどね。

 

でも、とにかく、いま、ここ、目の前のことに集中していると、手のひらは自ずと開かれていくものなのだと思います。

 

「期待」は、「いま」には存在できないから。

 

 

 

 

 

なにかのヒントになればさいわいです。

 

 

 

今日も、できるだけ軽やかに生きていきましょう。