「肉はあまり食べません」ということについて。

2015年3月15日

私はふだん、ほとんど肉を食べません。

 

でも、「ぜったいに食べない!!!」と決めているわけではなく、外出先で出されたらおいしくいただきます。そこにこだわりはありません。

 

魚は食べます。でも、そんなにたくさんはいらないです。

 

卵や乳製品も摂ります。でも、その頻度は、一般よりはずっと少ないと思います。

 

野菜や穀物を好んで食べます。

 

おいしいからです。

 

この傾向は年々加速していっています。

 

 

 

……ってね、こういう食生活を暴露すると、

 

「え、なんで肉がNGで魚はOKなの? おかしくない?」

 

みたいな反応を返されることが予想されるのですが、

 

「肉も魚も野菜も、ぜんぶ等しく“尊い命”でしょう? そこに違いはないでしょう?」とか、

 

あと、「動物性たんぱく質を摂らないと、健康や美容に悪いよ!」とか、そんなことを言われたりね……。

 

 

 

でも、なんだろな、それってはっきり言ってちょっと筋違いなお話なんですよね。

 

だって、私、頭で食べているわけじゃないから。

 

頭でがちがちにルールを設定して、それに従って、なにを食べてなにを食べないのかを決めているわけじゃないから。

 

 

 

私がなにかを食べるときに大切にしているのは、その食材を前にしたときに、自分の心が静かでいられるかどうか。

 

これ、「感覚」としか言いようがないのですが……

 

なんだろうな、

 

例えば、野菜を前にしたときに、私の心が波立つことはありません。静かでいられるんです。

 

静かで、しかも、すっと広がっていく感じがするんです。

 

でも、例えば、霜降りの牛肉などを前にすると、心に波が押し寄せるのがわかるんです。

 

そして、激しく波だったまま、心全体がぎゅっと縮むような感じがするんです。

 

それに従って、身体も固くなるような感覚があります。肩や背中が緊張します。痛みを覚えることもあります。

 

どちらが自分にとって心地よいかと言ったら、断然、前者だったんです。

 

 

 

そういった感覚に素直に従っていったら、自然に肉を欲さなくなっていったという感じです。

 

それだけなんです。

 

思想・信条なんて、そんなたいそうなものを持ち合わせているわけじゃないんです。

 

特定の食療法を実践しているわけでもありません。

 

単純に、むやみに肉を摂取することは、私の趣味じゃないっていうだけ。

 

そう、こういうのって、本当に単なる趣味なんです。

 

だから、それを人に押し付けるようなこともしません。

 

趣味は人それぞれだからです。

 

私の逆で、肉を前にすると心が広がり、野菜を前にすると縮んでしまう、という人もいるでしょう。

 

その人はそれでいいんです。

 

自分自身の感覚に従っている限り、問題はないでしょう。

 

そして、「趣味」だから、いつ何時ひっくり返ってもいいんです。

 

そうなったら、それに従うだけです。

 

これは本当にそう思っています。

 

 

 

健康や美容に悪いっていう「常識」も疑っています。

 

だって、私自身、肉をあまり摂らなくなってからの方が、断然いろんな部分で健やかでいられているから。

 

自分の感覚よりも「常識」を優先させて、食べたくもないものを無理して食べている方が、よっぽど、美や健康を損なう危険性が高いんじゃないかな。

 

結局、そういったものは、自分の心が作っていると思うから。

 

 

 

食に限らず、自分の中の感覚に従っていれば、自分にとって「間違ったこと」にはならないんじゃないかな。

 

みんな、もっと、自分の声というものを信用してみてもいいんじゃないかな。

 

用意された思想・信条なんかに拠りかからなくたって、自分の内側からの声に耳を傾けていれば、自ずと「ブレない人」になっていくのだと思う。

 

なによりも、自分にとって心地いい生き方ができるようになると思う。

 

誰のための人生か、というところを考えれば、答えはすぐに出るんじゃないかな。

 

 

 

 

 

いまより多くの人が、自分の心を軸に、自分の足で、自分の人生を歩みはじめたら、世界は変わると思います。

 

本気で思います。