私はふだん、ほとんど肉を食べません。
でも、「ぜったいに食べない!!!」と決めているわけではなく、外出先で出されたらおいしくいただきます。そこにこだわりはありません。
魚は食べます。でも、そんなにたくさんはいらないです。
卵や乳製品も摂ります。でも、その頻度は、一般よりはずっと少ないと思います。
野菜や穀物を好んで食べます。
おいしいからです。
この傾向は年々加速していっています。
……ってね、こういう食生活を暴露すると、
「え、なんで肉がNGで魚はOKなの? おかしくない?」
みたいな反応を返されることが予想されるのですが、
「肉も魚も野菜も、ぜんぶ等しく“尊い命”でしょう? そこに違いはないでしょう?」とか、
あと、「動物性たんぱく質を摂らないと、健康や美容に悪いよ!」とか、そんなことを言われたりね……。
でも、なんだろな、それってはっきり言ってちょっと筋違いなお話なんですよね。
だって、私、頭で食べているわけじゃないから。
頭でがちがちにルールを設定して、それに従って、なにを食べてなにを食べないのかを決めているわけじゃないから。
私がなにかを食べるときに大切にしているのは、その食材を前にしたときに、自分の心が静かでいられるかどうか。
これ、「感覚」としか言いようがないのですが……
なんだろうな、
例えば、野菜を前にしたときに、私の心が波立つことはありません。静かでいられるんです。
静かで、しかも、すっと広がっていく感じがするんです。
でも、例えば、霜降りの牛肉などを前にすると、心に波が押し寄せるのがわかるんです。
そして、激しく波だったまま、心全体がぎゅっと縮むような感じがするんです。
それに従って、身体も固くなるような感覚があります。肩や背中が緊張します。痛みを覚えることもあります。
どちらが自分にとって心地よいかと言ったら、断然、前者だったんです。
そういった感覚に素直に従っていったら、自然に肉を欲さなくなっていったという感じです。
それだけなんです。
思想・信条なんて、そんなたいそうなものを持ち合わせているわけじゃないんです。
特定の食療法を実践しているわけでもありません。
単純に、むやみに肉を摂取することは、私の趣味じゃないっていうだけ。
そう、こういうのって、本当に単なる趣味なんです。
だから、それを人に押し付けるようなこともしません。
趣味は人それぞれだからです。
私の逆で、肉を前にすると心が広がり、野菜を前にすると縮んでしまう、という人もいるでしょう。
その人はそれでいいんです。
自分自身の感覚に従っている限り、問題はないでしょう。
そして、「趣味」だから、いつ何時ひっくり返ってもいいんです。
そうなったら、それに従うだけです。
これは本当にそう思っています。
健康や美容に悪いっていう「常識」も疑っています。
だって、私自身、肉をあまり摂らなくなってからの方が、断然いろんな部分で健やかでいられているから。
自分の感覚よりも「常識」を優先させて、食べたくもないものを無理して食べている方が、よっぽど、美や健康を損なう危険性が高いんじゃないかな。
結局、そういったものは、自分の心が作っていると思うから。
食に限らず、自分の中の感覚に従っていれば、自分にとって「間違ったこと」にはならないんじゃないかな。
みんな、もっと、自分の声というものを信用してみてもいいんじゃないかな。
用意された思想・信条なんかに拠りかからなくたって、自分の内側からの声に耳を傾けていれば、自ずと「ブレない人」になっていくのだと思う。
なによりも、自分にとって心地いい生き方ができるようになると思う。
誰のための人生か、というところを考えれば、答えはすぐに出るんじゃないかな。
いまより多くの人が、自分の心を軸に、自分の足で、自分の人生を歩みはじめたら、世界は変わると思います。
本気で思います。