合言葉は「シンプルに」。

2015年3月8日

昨日の夕方、なんだか急に気分が落ち込んできて、「うーむ、どうしたものか……」と思っていましたが、

 

露天温泉に浸かって5分もしたら、ダウナーな気分も雲散霧消して、

 

「うひひ。シャバ極楽とはこのことよ~」なんてことをつぶやきながら、すっかり頬をゆるませていました。

 

(あ、いま、地元に帰っています。海沿いに小さな温泉街があって、気軽にさくっと入りにいけるのです。)

 

もう、笑っちゃうほど、あっという間の出来事でした。

 

 

 

こころが冷えたら、四の五の言わずに、黙ってからだをあたためるのがいいんじゃないかと思いました。

 

からだがあたたまったら、こころもあたたまるものであるらしい。

 

心身一如。ほんとうに、超シンプルです。

 

 

 

いや、でも、これね、そもそも、気分の落ち込みの原因からして、からだの方にあるのかも知れないんです。

 

というのも、私、昨日、とある事情から、普段食べない量&質のものを胃にじゃんじゃん詰め込んだんですね。

 

食べ過ぎると、胃のあたりが「もにょもにょ」しますよね?

 

(伝わるかなあ、この「もにょもにょ」っていうニュアンス……)

 

その「もにょもにょ」って、ストレスを受けたときに胃のあたりに感じる症状と酷似しているんです。

 

実際、その二つの状況に置かれたとき、からだの中で起こっていることは、まったく同一なのかもしれません。

 

そのまぎらわしさゆえに、フィジカルダメージを、メンタルダメージだと勘違いしてしまうことって、もしかしたらたっくさんあるんじゃないかなあ。

 

 

 

原因は単なる食べ過ぎなのに、

 

「うーむ、なんだか胃が重いぞ……」

 

となった瞬間に、

 

ほとんど脊髄反射のようにして、

 

「胃が重いのは精神的な負担を感じているからに違いない」

 

との勘違いを働き、

 

「もしかしてあれが原因か? それともこれか?」

 

と、犯人探しを開始してしまう。

 

探せばたいていのものは見つかってしまうわけで、

 

「私はいま、あの出来事(人、もの)のせいで落ち込んでいるんだ……」

 

と、さらに勘違いを重ね、

 

「この不快感を解消するにはどうしたらよいのだろう……」

 

と悩み、

 

「あーでもない……こーでもない……」

 

と堂々巡りをはじめ、

 

まんまと落ち込みの無限ループにはまり込んでしまう……

 

といったようなこと、私の場合、実は結構あるような気がするんです……。

 

 

 

なんだかばからしいですよね。

 

原因は実はぜんぜん別のところにあるのに、すべてをメンタルなものに結び付けて、勝手に「犯人探し」を始めて、見当違いのストーリーの中にすっかりはまり込んで、自分の苦しみを増長させているだなんて……

 

悪趣味にもほどがあります!

 

 

 

私も、いい加減、そんなつまらないひとり相撲はやめようと思いました。

 

起こっていることのほんとうの原因をクールに見定める目を持ちたいな、と思ったのです。

 

 

 

いろんな物事は、実は、拍子抜けするぐらいシンプルなものなのでしょう。

 

シンプルなものを、シンプルなままに、それこそ「あるがまま」に見つめることができたら、

 

私たちは、もっともっと軽やかに生きていけるんじゃないかな。

 

 

 

ほんとうに、苦しみは自分の中にしかないんですね。

 

外側のなにかは、すべて、自分自身の反映です。

 

生きる苦しみを減らしたかったら、「苦しみ」をそこに見出してしまう自分の目の方を調整すること。

 

外側のなにかより先に、自分自身を整えること。

 

「シンプルに」はその際の合言葉ですね。

 

 

 

温泉に浸かってすっかりゆるんであたたまったこころとからだで、そんなことを思っていました。

 

今日も、できるだけシンプルに生きていきたいですね。