恋の成就と春の訪れ

2015年3月6日

二日ほど前に、友人から、彼女の恋が終わってしまったことを告げるメールが入りました。

 

好きだった人には、実はすでに彼女がいた、とのことでした。

 

この半年間、私は、まるで自分が恋に落ちたかのように、妙に臨場感たっぷりに(笑)彼女のことを応援していたので、少なからず残念な気持ちにはなりましたが、

 

でも、失恋を告げる彼女のメールの文面からは、不思議と、すっきりと晴れわたった、気持ちの良い青空のイメージしか浮かんでこないのでした。

 

 

 

彼女は「今回の恋で、私は、楽しさと誇らしさとを思い出したよ。私、よくやったよ」と言っていました。

 

「この恋は、話す人みんなが、応援してくれてね。その安心感の中で、わたしはドキドキしたり、なんだよーって思ったり、ありがとうって、思ったり。尊い恋でした」とも。

 

そこに強がりは一切感じられず、ただただ素直で透明な気持ちだけがつづられていました。

 

 

 

こころの底から、素敵だな、と思いました。

 

そんな気持ちを持てたこと、それ自体がもう「成就」だと思いました。

 

 

 

私がとても尊敬しているある女性が、以前、

 

「好きな人ができた時点で成就です!」

 

といったようなことをおっしゃっていて、

 

でも、私にはそれがあまりピンときていなかったのですが、

 

友人のこころの中に広がっているであろう、広い広い、うつくしい青空に身を浸しているうちに、

 

突如、その意味が、「すとーん」と落ちてきたような気がしたのでした。

 

 

 

あの人を好きでいさせてくれた、この世界に感謝します――

 

あの人を愛したように、この世界を愛します――

 

 

 

自分の気持ちも彼女の気持ちも関係なく、そこに一切の区別はなく、ただただ、そんな思いに包まれたのでした。

 

 

 

そんな透明な気持ちを、たとえ一瞬だけでも持てたとしたら、それはもう、「成就」以外のなにものでもないですよね。

 

もう、その時点で、その恋、「大成功」だと思う。

 

本気でそう思う。

 

 

 

人は、特定の誰かに恋をすることによって、同時に、世界そのものとも恋に落ちているのかもしれないですね。

 

むしろ、世界に恋をしたいがために、特定の誰かへの恋心を抱いてみたり……ね。

 

 

 

なんかね、そんなことも、あるのかもしれないと思いました。

 

ものすごく素直に、そう思いました。

 

 

 

 

 

A子さん、ありがとう。

 

あなたのおかげで、私、恋の素晴らしさを思い出したよ。

 

誰かを好きになるって、ほんとうに尊いことなんだな、と思ったよ。

 

ありがとう。

 

そして、おつかれさま。

 

 

 

 

 

 

 

今日は「啓蟄」。

 

冬ごもりしていた地中の虫がはい出てくる時節、だそうです。

 

もう、すっかり、春なのですね。