「いのち」と「クラウド」

2015年3月4日

「私がいのちを生きている」

 

のではなく、

 

「いのちが私を生きている」。

 

こちらが、究極の「ほんとうのこと」です。

 

 

 

これに言葉を足せば、

 

「ひとつのいのちが、無数の私を生きている」

 

ということになるかな。

 

いや、厳密にいえば、「ひとつ」ですらないのですけれど(数を超越した世界の話なので)、まあ便宜上、この表現を使います。

 

 

 

これをうまく言い表すたとえがないかなあ……と、ずっと探っていたのですが、

 

(いままで私はこれを「ウニみたいなもので~」と言っていたのですが……ウニって無数のトゲを持っているけれど、本体たるあの真ん中の球体部分はひとつですよね? そのトゲのひとつひとつが「私」たちひとりひとりで、たったひとつのあのおいしいおいしい本体が「いのち」……。でもこれってものすごく分かりづらいですよね……! 先日もある場所でこのたとえを用いたら、みなさん「ぽかーん」としていらっしゃいました。いくら私がウニが大好物だからって……大反省!)

 

あれですね、最近話題のクラウド・コンピューティング。

 

あの仕組み自体が、私の言いたいことにもっとも近い感じがする。

 

 

 

いや、私、本当に機械に詳しくなくて、ちょっと間違った解釈かもしれないんですけど、ちょっと解説してみます。

 

……と思ったけれど、やっぱり危険な気がするので、ドコモさんにバトンタッチします!

 

 

 

最近、よく耳にする“クラウド”とは、クラウド・コンピューティングの略称。クラウドとは、cloud(雲)の意味です。従来は、ユーザが自分の携帯電話やパソコンの中に、ソフトウェア、データなどを保有し、使用・管理していました。しかし、クラウドの場合は、ネットワーク上にあるサーバの中に、ソフトウェアやデータが存在し、ユーザは必要に応じてネットワークを通じてアクセスし、サービスを利用します。主にIT業界において、コンピュータのシステム図などでネットワークを“雲”の形で表すことからクラウドという名前で呼ばれています。クラウド化することにより、ユーザはクラウド上ですぐにソフトウェアなどを利用することができ、ハードウェアへのインストール、最新版への更新などの作業から解放されます。また、作成したデータの保存・管理などもクラウド上で可能となり、データの共有や、膨大なデータを安全に保管することができます。さらに、クラウド上で提供されるシステムを利用することにより、中小規模の企業が自前でシステムを作り上げる手間が省けるというケースも考えられるなど、様々なメリットが期待できます。

 

(ドコモ通信 vol.54より抜粋

https://www.nttdocomo.co.jp/corporate/ir/library/docotsu/54/feature.html

 

 

 

ふむふむ……。わかるような、わからないような……。

 

よくわからないけれど、だいたいのイメージはつかめる……かな?

 

ネットワーク上に巨大な共有棚のようなものがあって、個々のPCユーザーはインターネットを通じてそこにアクセスすることによって、個別に必要なものを取り出して使っているということ、でいいのかな……?(小声)

 

 

 

まあ、とにかく、ですね。

 

この、目には見えない巨大な共有棚が「ひとつのいのち」で、

 

個々のPCが「無数の私」だと考えれば、

 

「いのちが私を生きている」

 

の意味が伝わりやすくなるかな? と考えたわけです。

 

 

 

個々のPCが個別にデータを持っているわけじゃない。

 

データはネットワーク上に集積されている。

 

PCは目に見えないデータを「この世に表す」ためのツールにすぎず、

 

「本体」はあくまでネットワーク上に存在しているということですね。

 

 

 

クラウドシステムを用いれば、個別のPCが壊れたところで、「本体」たる共有データにはなんの影響もないんです。

 

たったひとつのいのちを、個別の肉体をもって生きている私たちひとりひとりにも、これと同じことが言えます。

 

個別の肉体が滅びたところで、私たちの「本体」たる「たったひとつのいのち」にはなんの影響もないんです。

 

 

 

私たちは、どうしても、個別の肉体こそを「いのち」の本体だと捉えてしまいがちだけれど、

 

それこそが人生最大の勘違いってやつでして。

 

 

 

永遠に続く「たったひとつのいのち」こそが、私たちの本体なんです。

 

これは間違いないんです。

 

だからこそ、人は決して死なないんです。

 

というかそもそも生まれてもいないんです。

 

私たちの本体は、ただ、いま、ここに、永遠にありつづけるものなんです。

 

 

 

……って、最後また話がぶっ飛び過ぎたような気もしますが。

 

 

 

なんかね、クラウドシステムがここまで普及しているこの世の中全体が、私には、やはり、なにかのメタファーのように思えてならないんですね。

 

この世は、その姿すべてをもって、私たちに、全力で、なにか大切なことを気づかせようとしている……。

 

 

 

ほんと、ぜんぶがゲームみたいなものだな、って思います。

 

ゲームなら、気楽にやれますね。

 

力を抜いて、できるだけ楽しんで生きてやろうじゃないの。

 

 

 

そんなことを思います。