「誰かのため」は「私のため」

2015年2月13日

昨夜は縁あって「お寺で対話する夜」というイベントに参加させていただきました。

 

毎回違うお寺で、お坊さんを交えた少人数のグループで、決められたテーマについて対話をする……というものなのですが、とても良い時間を過ごすことができました。

 

昨日のテーマは「儀式」。

 

初対面の方々と、まったく別々の角度から、それぞれの「儀式」というものについての考えを共有できて、そこになにかしら人間の真実的なものも垣間見えたりして、面白かったです。

 

また、ぜひ、お邪魔させていただきたいです。

 

 

 

儀式……と聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、自分の結婚式のことでした。

 

私はこの春に結婚するのですが、「式」というものに対するモチベーションが身のうちにほとんどなく……。

 

いや、「挙げたくない」ってわけでもないんです。

 

ただ、「挙げたい」わけでもないし、「挙げたくない」わけでもない。

 

本当に、どっちでもいいんです。笑

 

そこにこだわりがないというか……。

 

 

 

そのことを、昨日、同じグループの方にお話してみたんです。そして質問してみたんです。

 

「あなたは自分の結婚式を挙げたいですか?」

 

おひとりはすでにご結婚されていて、ご自身のお寺で式を挙げた、と。あとのお二人も、ご結婚はされていないけれど、もしするとしたら、「挙げたい」と。

 

「自分のため、というより、親のために、挙げたいです」と。

 

ちょっとびっくりしました。

 

私にはその視点が欠落していたな、と。

 

いや、うちの両親はそもそも自分たちの結婚のときに式を挙げなかったし、「式を挙げるつもりなら、全額自分たちで出しなさいよ」というなかなか現実的な人たちなので、私自身、そこに変なプレッシャーはまったく感じていないんです。

 

というか、どちらかと言えば、両親は「式なんか挙げなくてもいい」という考えなのだと思っていました。

 

でも……なるほど、そうか、いざ自分の娘の結婚式というものに参列する、という事態になったら、そこでしか味わえない、なにか特別な思いをプレゼントすることはできるのかもしれないな……と思いました。

 

そうしたら、「どちらでもいいよ」というところでとどまっていたこころの針が、ほんの少しだけ「よし、式を挙げよう」の方に傾くのを感じました。

 

ほんの一瞬でしたけど。笑

 

またすぐにニュートラルに戻ってしまいましたけれど、でも、なにか、あたらしい風が吹いてくるのを感じて、心地よかったです。

 

 

 

「“自分のために”儀式をする、っていうのは、ハードルの高いことなのかもしれませんね。でも、親でも、友人でも、“誰かのために”、“誰か大切な人のために”っていうのがあれば、動けるものなんですよね」

 

ということを、同じグループの方がおっしゃっていて強く頷いたのですが、

 

これね、儀式に限らず、なんでもそうかもしれませんね。

 

なんでも、「自分のため」だけじゃなくて、「誰かのため」っていうのがあると、自分でも思ってもみないような力が出て、ふだんの自分だったら面倒くさがってぜったいにやらないようなことも、やすやすとやってのけたりということができる……そういうことってありますよね。

 

これってなんなんだろう。

 

 

 

少し話は変わりますが、私は最近、「お金を持つ」ということに対して、自分の中に大きな罪悪感のかたまりのようなものがあることを発見したんです。

 

どうも、そのかたまりが邪魔をして、私を「お金持ち」にさせてくれないらしい、と。笑

 

いや、笑いごとじゃないんです……。

 

自分の中の罪悪感は、思っていた以上に、根深いものでした。

 

これまでの人生を振り返ってみて、私が若干の生きづらさを感じていたような場面には、必ず、どこかしらに金銭的なプチトラブル(とか言ったら大げさだけど)の影がひそんでいたのです。

 

あらためて振り返って、びっくりしました。

 

私には、どうしたって、お金というものに対する苦手意識があったんです。

 

もっと言えば、「持つ」ということに対する恐怖感というか……。

 

ぜんぶ「思い込み」なんですけどね。

 

でも、この「思い込み」は、徹底的にクリーニングしなきゃな、と思いました。

 

もう、「お金」というものに対する無用なストレスを抱えて生きていきたくないよ、と。

 

 

 

そこで私、おもむろにノートを広げまして。

 

上の部分に、「お金があったら、世界に対してなにができる???」と書き込みまして、

 

その下に、思いつく限りの「お金を持つ」ことで生まれるメリットを書き込んでいったんです。

 

すべて、「世界に対して」とか「誰かに対して」を基準に考えていきました。

 

「お金があったら、○○に寄付ができる」とか、

 

「お金があったら、思いっきり親孝行ができる」とか、

 

「お金があったら、自分に余裕が生まれて、周りの人たちに思いっきりやさしくできる」とか。笑

 

とにかく、たくさんたくさん書きました。

 

もう思いつかないよ……! という段階に至るまで、書いて書いて書きまくりました。

 

 

 

そうしたら。

 

ある瞬間。

 

なにかが「はずれた」感じがしたんですね……。

 

いや、これ、「はずれた」としか言いようがないのですが、とにかく、「はずれた」んです。

 

なにが?

 

私のこころの「思い込み」が。

 

「お金を持つ」ということに対するブレ―キが。

 

「はずれた」んです。

 

 

 

いや、「はずれた」からと言って、即座にお金持ちになれるわけではないのですが、

 

でも、「持つ」ということに対しての罪悪感が薄れたら、

 

「支払う」ときに感じていたストレスも軽減されたんですね。

 

これは、良い傾向だなあ……と、密かによろこんでいます。

 

ほんの小さなことだけれど、この先に、お金というものに対するストレスのない世界が広がっているような気がするんです。

 

 

 

話を元に戻します。

 

いま書いてきたようなことも、たぶん、「自分のために」を基準にしていたら、うまくいかなかったと思うんですよね。

 

「好きなところに住める」とか「好きな服が買える」とか、そういうのだったら、たぶん、あっという間にペンが止まってしまっていたと思う。

 

でも、「世界のため」「誰かのため」にお金を使えるんだ、と思ったら、

 

お金は、よろこびというものを世界に広げていくためのツールになりうるのだ、と思ったら、

 

それを我が身にしみこませるようにしてノートにガシガシ書き連ねていったら、

 

ある瞬間、

 

なにかが、はずれたんです。

 

 

 

この世の法則を見たり……!

 

って、ちょっと大げさかな。

 

いや、でもここには確実になんらかの真実がある気がするんです。

 

 

 

「利他」ということばがありますが、これってもしかしたら、ぜんぜん特別なことじゃないのかもしれませんね。

 

人間は、もしかしたら、そもそものはじめから、利他的な生きものなのかもしれない。

 

というか、

 

「利他」は、そのままイコールで、「利己」ということになるのかもしれない。

 

「利己」とかいうと、なんとなく、ことばの印象が悪いけれど……

 

でも、そういうことなのかもしれない。

 

 

 

「世界のために」とか「誰かのために」って、どこか偽善的で嫌だな……と思う部分がなきにしもあらず、だったのですが、

 

たぶんね、

 

「世界のため」=「自分のため」

 

だし、

 

「誰かのため」=「自分のため」

 

なんですよね。

 

これはどうも、間違いがないことみたい。

 

だって、ほんとうは、「あなたはわたし」だし、「わたしはあなた」なのだから。

 

って、ちょっとぶっとばし過ぎた???

 

でもね、ほんとうにそう思います。

 

それを思い出させるために、お金をはじめ、いろいろなものがこの世に存在しているのかもしれないですね。

 

 

 

おもしろい気づきでした。

 

昨晩お話させていただいた、Fさん、Hさん、Sさん、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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このたび、私、小出遥子主宰のワークショップ、Temple vol.2を、2015年3月2日月曜日の夜、ふたたび神谷町光明寺本堂をお借りして開催させていただくことになりました。

 

vol.1を経てあらたに気がついたこと、改善すべき点などを織り交ぜて、さらにみなさまにとって居心地の良い空間をご提供できたらいいな、と思っております。

 

もしご興味がございましたら、以下のフォームよりお申込みの上、お気軽に遊びにいらしてくださいませ。

 

http://goo.gl/forms/CsMHRXPFWR

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

【Temple vol.2】

 

日時:2015年3月2日(月)19:00~21:00(受付18:30~)

 

☆タイムスケジュール☆

18:30~19:00 受付&リフレクション1
→お寺の本堂=仏さまの見守る空間で、思い思いにお過ごしいただけます。

19:00~19:15 リフレクション2
→お坊さんと一緒に、参加者みんなでお経を読みます。
(今回も光明寺の松本紹圭さんが導師をおつとめくださいます)

19:15~19:45 ウィズダム
→数名の参加者の方に、ご自身が大切にしている「ほんとうのことば」
(真実を指し示すことば。事前にお送りいただきます)をシェアしていただきます。

19:45~21:00 ダイアローグ
→少人数のグループに分かれての座談会です。テーマはそれぞれの思う「ほんとうのこと」。

 

会場:神谷町光明寺本堂 (東京メトロ日比谷線・神谷町駅3番出口より徒歩1~2分)

http://www.komyo.net/web/kamiyacho.html

 

定員:40名

 

参加費:無料
(ワークショップ中にお賽銭箱へ入れられたお気持ちは、全額、「お寺おやつクラブ」
http://www.higan.net/oyatsu.html に寄付いたします)

 

お申し込み:こちらのフォームよりお願いいたします

http://goo.gl/forms/CsMHRXPFWR

 

お問い合わせ:
temple00001.info@gmail.com
(光明寺への直接のお問い合わせはご遠慮ください)

 

主催:小出遥子 

 

 

 

※Temple vol.1のレポートはコチラです!

 

【2015/1/29(木)Temple vol.1レポートその1(リフレクション1・2)】
https://www.facebook.com/temple00001/posts/1377428022555939

 

【2015/1/29(木)Temple vol.1レポートその2(ウィズダム)】
https://www.facebook.com/temple00001/posts/1377428102555931

 

【2015/1/29(木)Temple vol.1レポートその3(ダイアローグ)】
https://www.facebook.com/temple00001/posts/1377428235889251

 

【2015/1/29(木)Temple vol.1参加者の感想まとめ】
https://www.facebook.com/temple00001/posts/1376895389275869

 

 

 

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