「いまを生きる」のやり方

2015年2月10日

「いまを生きる」とかって、非常によく聞くことばだし、実際「過去」も「未来」も幻想なわけで、「いま」には「いま」しかないのですが、

 

つねにこれを体現していくこととのむずかしさと言ったら!!!

 

私だってこのブログで偉そうなこと毎日毎日書いてますけど、実際、一日のうち何割ぐらい「いま」にいられてますか? と聞かれたら、口ごもって小さくなるしかない……そんな体たらくですわ……。

 

でも、「あ! 私、いま、過去の出来事にこころを支配されていた!」とか、「また未来への不安に足をとられてた!」という風に、その場で気づく割合は高くなったと思います。

 

気づけば、直せるので、まあ、とりあえずはよしとしておきます……。

 

 

 

気づいたのち、どうやって「いま」に戻ってくるか、というのもまた少しコツが必要なところだな、と思います。

 

あたまで、「いま!」「いま!」「いま!」「この瞬間!!!」「この一瞬を、俺は、生きるっっっ!!!」とかやってても、ぜんぜん「いまを生きる」ことはできなくて。笑

 

そもそも「いま」って、この一瞬、たとえばこの一秒、この0コンマ何秒、とかいう、「瞬間」のことじゃないんです。

 

それは結局、時間の存在を前提としているから。

 

 

 

「いま」は、時間が消えたところに、ただ、「ある」ものです。

 

「いま」は、永遠です。

 

これまでも、これからも、ずっと「いま」です。

 

 

 

さて、じゃあ、その「いま」を生きるためにはどうしたらいいのか、というお話ですが、

 

いちばん簡単なのは、丹田に意識を集中することだと思います。

 

……とか言うと高度に聞こえるか。

 

丹田が難しかったら、女の人だったら子宮のある場所を意識すると、そこはだいたい丹田と同じあたりなので、イメージが掴めると思います。

 

男の人は……ごめんなさい、丹田、探してください。笑 「へそ下三寸」と聞きます。三寸は9センチです。思ってた以上に、下にあるかと思います。

 

 

 

まあ、とにかく、丹田です。

 

自分の「本体」が、丹田にあると意識するんです。

 

重心をできる限り下に持っていくんです。

 

下に、下に、下に……とやっていくと、あるポイントで、ぴたっとなにかが「おさまる」感じがすると思います。

 

そこが丹田です。

 

 

 

丹田に気をしずめる。

 

具体的には、あたまで考えるのをやめて、丹田の決定にしたがって生きる、というか……。

 

鼻や口で呼吸するのをやめて、丹田で吐いたり吸ったりするイメージ、というか……。

 

 

 

いや、これ、実際やってみてください。

 

ことばじゃどうしても伝えきれない部分だと思うので……。

 

少し続けてみると、割とすぐに、「こういうことか!」と掴めます。

 

って、ちょっと乱暴!?

 

でも、これこそが「自然」だし、本来この状態が「ふつう」なのだと思います。

 

 

 

丹田を意識していると、自分が大地とつながっているような感覚に包まれていきます。

 

あたまでいちいち考えなくても、自然にからだが動いていきます。

 

それはとてもここちよい感覚です。

 

運ばれていく、という感じです。

 

そういう状態のことを、「いまを生きる」というのではないかな、と思います。

 

 

 

「いま」でない場所に遊んでいる自分に気がついたら、まずは丹田です!

 

コツを掴めたら、一瞬で戻って来られるようになります。

 

「いま」には、不安がありません。

 

「いま」は、ひたすらに、おだやかです。

 

 

 

いまを生きていきましょう。

 

それは誰にだって可能です。

 

そして、それは、思っていた以上に簡単なことなのかもしれません。