さよなら、スケベ心

2015年2月3日

断捨離っていうのは、とりもなおさず、「いま」の自分と向き合う行為なのだなあ、と思います。

 

 

 

何度も書いてきたけれど、私の趣味は断捨離です。

 

って言い切ってしまうと身もふたもなさすぎて、ちょっと恥ずかしいものがありますが、でも事実です。

 

昨晩も自室の本棚をぼんやりと眺めているうちに、どうにもこうにもたまらない気持ちになって、おもむろに立ち上がり、手元に残す、残さない、の選別をスタートさせてしまいました。

 

今年に入って、すでに大規模な断捨離大会を一回開催して、相当な数の蔵書を古本屋さんに運んだにもかかわらず、です。

 

結果、追加で25冊の本とさよならをすることになりました。

 

 

 

なんとなくね……「誰か」や「なにか」や「いつか」に、もやっとした期待を寄せてしまう自分と、完全に決別したくなったんですよね……。

 

 

 

断捨離のコツは、あくまで「いま」の自分を基準にすること。

 

「過去」や「未来」のことは考えないこと。

 

だってそれは幻想だから。

 

 

 

……それは重々心得ているつもりで、いままで多少極端なぐらいシビアに物を減らしてきたはずだったんですが……。

 

本となるとね……どうしてもね……「未来」や「過去」にとらわれまくりの、もっと言えば「スケベ心丸出し」の私が居座り続けていたんですね……。

 

 

 

「読んでもぜんぜんピンと来なかったけれど、これ、一般的には“名作”と言われている類の本だし、いつか私の感性が耕されたら、ちゃんと読めるようになるんだろうな……」

 

とか、

 

「これ、人に勧められて買った本だけど、最初の数ページだけ読んで放置しているんだよなあ……。でもいつか私の頭が良くなったら、楽しく読める日もくるかもしれない。勧めてくれた人にも悪いし、残しておこう……」

 

とか、

 

「基本的にこの作家さんの作品は大好きだけれど、この本はあまり面白いと思わなかったんだよなあ。でも、○○さんの本だし、コレクションとして置いておくか……」

 

とか。

 

そういうのが、私の本棚を、いまだにもやもやと気持ち悪く覆っていたんですね。

 

断捨離を繰り返すうちに、そういったもやもやは少しずつ減ってはいたのですが、でも、まだまだ隅っこの方に居座っていた。

 

そういうののが、そういう自分の「スケベ心」としか表現しようのない気持ちの一切が、私、もう、すっかり嫌になってしまって。

 

 

 

もうね、「いま」しかないんだよ、と。

 

あんたの期待する「未来」なんか来やしないよ、と。

 

あんたが捉われているのは、「過去」のものに過ぎないよ、と。

 

「いま」の自分以外、この世に存在するものなんてないんだよ、と。

 

 

 

そう自分に言い聞かせて、それらのすべてを、思い切って処分してしまうことにしました。

 

 

 

結果、めちゃめちゃ、スッキリしました。

 

本とともに、「誰か」や「なにか」や「いつか」にいつだってもやもやとした期待を寄せてしまう自分と、少しは決別できたかな。

 

 

 

たかがモノ。されどモノ。

 

そこに乗っかっている、というか自分が勝手に乗せてしまっているいろいろなエネルギーを甘く見ない方がいいです。

 

プラスのエネルギーだったらいいけれど、上に書いたようなもやっとしたマイナスのエネルギーを帯びたものたちと一緒に暮らしていると、知らず知らずのうちに影響を受けて、心身がどんどん重くなっていきます……。

 

だから、できるだけ定期的に持ち物を丁寧に選別して、「いま」の自分に軸を戻すということをした方が良いのだと思います。

 

 

 

身軽に生きていきたいものです。