「“べき”を持たないべき」という鎖

2016年9月29日

おはようございます。小出遥子です。

私はふだんはほんとうに適当で、
だいたい、なににおいても、なにが起きても、
「ん。よきにはからえ」
と、笑って済ませているような人間なのですが……

が!

ちょっと、ここ最近、
「そ、それはさすがに“よきにはからえ”とは言えないです……」
というようなことが相次いでいまして……。

まあ、仕事でね、
「どうしてもここだけは譲れません」
というのが出てきてしまったというか、
そういうラインが私の中にあることに気づいてしまったというか……。

そのせいで、昨日も真昼間から、都内某所のファミレスで、
「そういうことじゃないんです~」
と言って、泣きじゃくりながら(実話……)仕事相手に
自分の思いを切々と訴えるという事案が発生しまして……。

いやあ、これはなかなか自分でもキツいです。
ほんとうはこんなことしたくないんです。
関係先に迷惑がかかるのは当然のこと、自分のためにも良くない。
怒りも悲しみも、相当に気力と体力を持っていきますからね。
疲れたらその分だけやりたいことにかける力が減ってしまいますから。

「こうあるべき」と一緒に生きるのは、疲れます。
ほんとうに疲れます。

だって、ほんとうはどこにも「こうあるべき」なんてものはないんです。
すべてはこのままで完全に完璧、
というか、いまここのこれ以外に世界はないから、
そもそもいつだって完全に完璧以外でありようがないんです。

とは言え、どうしたって「こうあるべき」が湧いてきてしまって、
もう自分でも止められないんです。
もうどうしようもない。
譲れないんです、ここだけは。

でも、何度も言うけれど、「べき」が強ければ強いほど疲れますのでね、
昨日も、私、打ち合わせ後に、ほんとうにぐったりしてしまって、
ご飯を作って、ぼそぼそ食べたら、もうからだを起こしていられなくて。
20時には布団に入ってしまいました。
で、朝も、ふだんは4時前に起きるのですが、5時半まで目を開けられませんでした。

5時半に目を開けて、でもどうしても布団から起き上がれなくて、
薄暗い部屋の中で、うだうだうだうだいろいろ考えていて……

そのとき、ふと、

「いいじゃない、“べき”があったって。
“べき”を持つことすら、ゆるされているのだから――」

という思いが、向こう側からやってきて。

ああ、そうかあ……って。

私がここ最近苦しかったのは
「“べき”を持たないべき!」
というアイディアに縛られていたからだったのかもしれないな、って。

本末転倒とはまさにこのこと……。
でも、気づけてよかったな。

いまここのこれが、このままで、完全に完璧なのだとしたら、
いまここにある、この「べき」すら、完全に、完璧なのですよね。

ちょっとだけ、力が抜けた気がします。
そうしたら、やっと、からだを起こすことができました。
そうして、いま、Blogを書いています。

私は迷ってばかりだし、ぜんぜん偉そうなこと言える立場にないです。
でも、少なくとも正直なので、カッコ悪い自分を隠しません(笑)。

今後も、どうかお付き合いいただければ……。

 

お読みくださってありがとうございました。

よい一日をお過ごしください◎