日(ひ)に新(あら)たに日々(ひび)に新(あら)たなり。

2016年9月28日
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みなさん、おはようございます。

昨日は北鎌倉・円覚寺の横田南嶺老師と面談させていただきました。
大変あたたかく、心安らぐひと時でした。
ありがたいご縁でした。

横田老師は……ほんとうに、白く輝いていらっしゃるんですよね。
比喩というよりは、実際の、動かしようのない事実として。
なにか、こう、静かでやわらかいのだけれど、とても強い光を放っていらっしゃる。

そして、ほんとうに、びっくりするほど謙虚でいらして。
私のようなどこの馬の骨とも知れない若輩者にも
「学ばせていただきます」という姿勢を決して崩されることがない……。
ほんとうに恐縮してしまいます……。
(実際、老師はこのサイトも毎日ご覧くださっているのだそうです。
なんともおそれ多いことです……。震えます……。)

ほんとうに優れた方は、とにかく、ものすごく謙虚だし、
決して変な風にいばって自分を大きく見せようとしない。
そもそもほんとうに「大きい」方は、大きく見せる必要がないのですね。
そのことを、老師にお会いするたびに実感します。

帰り際、Temple Web開設のお祝いに……と、
「日新日日新(日(ひ)に新(あら)たに日々(ひび)に新(あら)たなり)」
と、老師御自らお書きになられた色紙をいただいてしまい、
ほんとうに胸がいっぱいになりました。

「毎日更新していらっしゃるから」とおっしゃりながらお渡しになられて……
受け取ってしまったからには、今後10年は毎日更新しなきゃ!(笑)
頑張ります!

横田老師、昨日は貴重なお時間を、
ほんとうにありがとうございました。
色紙は、さっそく机の横に飾らせていただきました。

さて、お昼過ぎに横田老師との面談を終え、
心身にじんわりとしたあたたかみを感じたままに都内の自宅に帰宅し、
昨日はそのまましあわせな気分で一日を終えられるか……
……と思いきや。

事件って起こるものですねえ……。

夕方、私のもとに届いたある仕事関係のメールに、
かなり衝撃的な事実がつづられており……。

「そりゃないよ~~~!」と全力で叫んでしまいました。

なにがあったのかはさすがにここでは書きませんが……
いやあ……久しぶりに乱れましたね。
乱れに乱れました。

自分の仕事を大事にされていないと感じるのは、
私にとって、なによりもつらいことなんです。
(実際に相手が私の仕事をどう思っているかは不明です。
でも、少なくとも、昨日の私は「大事にされていない」と感じてしまった……。)

でも、です。

私、どこか冷静だったんです。
刻々に移り変わる自らの心象を、じっとじっと冷静に見つめていた。

そりゃあね、表面上の現象の波立ちは、なかなか激しいものがありましたよ。
冬の日本海もヒいてしまうほどの「ざっぱーん!」っぷりでしたよ。

でも、
どういうわけか、それを超冷静に観察している「誰か/何か」がいて。

最初にことばを失い、次に笑いが出てきて、
その次に涙が出てきて、その次に怒りが出てきて、
その次にようやくことばが溢れてきて、またことばを失い……の無限ループを、
延々と眺め続けたニュートラルな「誰か/何か」があった。

これ、不思議じゃないですか?

この、まさしく「瞬間瞬間に新たなり」な感情の流れを
冷静に観察して見てとっている「誰か/何か」は、
じゃあ、いったい誰なんだ? あるいは何なんだ?
……って話ですよ。

少なくとも、「小出遥子」ではないですよね。

だって「小出遥子」は、
絶句したり、笑ったり、泣いたり、
怒ったり、文句をまくしたてたりすることに精一杯で、
それを冷静に観察し続ける余裕なんて持っていなかったですから。

じゃあ、誰?
この観察者は、誰?
あるいは、何?

なんかね、そのあたりを、愚直に、真摯に探究していった先に、
「日新日日新」という禅語のほんとうの意味が
理解を超えたところからやってくるような気がするのですよね。

って、無理やり前半と後半のお話をつなげたけど(笑)。
でも、ほんとうです。

観察者は、いったい、誰?
あるいは、何?

みなさんも、ご一緒に考えていただければ……。

あ、ちなみに、今朝の私はすこぶる元気です。
絶句したり、笑ったり、泣いたり、
怒ったり、文句をまくしたてたり、
大好きな人に話を聞いてもらったりしているうちに、
ただ淡々と、やれることをやっていくしかない、という肚ができました。
ありがたいことです。

ということで「日新日日新」な気分で、今日もがんばります!

 

お読みくださってありがとうございました。

よい一日をお過ごしください◎