【ブログ】愛されたいのなら。

2022年11月10日

誰かに「優しくしたい」し、「優しくされたい」。
誰かを「愛したい」し、「愛されたい」。

それなら、まずは、
目の前のカップひとつ、ペン1本と、
ただ、優しく「触れ合って」みよう。

自分がカップに触れているのか、
カップが自分に触れているのか、

自分がペンに触れているのか、
ペンが自分に触れているのか、

そんな区別をつける必要性を感じないぐらいの、
純粋な、触れ合い。

それを、ただただ、たのしんでいく。

ピュアな触れ合いをたのしんで、
いのちの明かりを灯し合って、
見慣れたカップと、ペンと、
まったくあたらしく出合い直していく。

カップひとつ、
ペン1本との間にそれが起きた時には、

「わたし」と「誰か」が、
「わたし」と「世界」が、

同じ「ひとつ」のいのちとして、
ただ、優しくともにある、

世界のほんとうの姿が見えてくる。

世界のどこにも分離・分断がなくて、
すべてがやさしく関わり合っていて、
生かし合っていて、支え合っている。

その実感から生まれる自分のことばは、
自分のふるまいは、

おのずから、
優しさと愛に満ちたものになる。

そんな人が、
優しくされないわけがない。
愛されないわけがない。

ほんとだよ。

難しく考えないで、
まずは目の前の「この子」からはじめてみよう。