【ブログ】人は、ただただ、優しくし合いたい生き物なんだ。

2022年11月10日

何気に「神回」配信をしてしまった。
まだご覧になっていない方は、ぜひ。

私たちはさ、
生まれての頃は、あまりにも当たり前に、

「わたしはあなた」
「あなたはわたし」

っていう世界を生きていたんだよね。

「わたしは世界」
「世界はわたし」

とも言えるけど。

世界は、まるっきりの「ひとつ」だったんだ。

でも、だんだん物心がついてきて、
大人になっていくにしたがって、

「わたしはわたし」
「あなたはあなた」

っていう、「ばらばら」の世界しか見えなくなっちゃった。

でも、それでいいの。
それでなにも問題はなかったの。

なぜなら、人は、どうしたって社会的な動物だから。

「わたしはわたし」として、
「あなたはあなた」として、

独立した個と個として、
お互いに優しく関わり合えた時に、
大きなよろこびを感じる生き物だから。

ここには、赤ん坊の頃の、
「記憶」とも呼べない「記憶」が関わっているのかもしれない。

人は、ただただ、優しくし合いたい生き物なんだ。
お互いに優しく関わり合って、
優しい気持ちで生きていきたいだけの生き物なんだ。

だって、それが「当たり前」だったのだから。

「優しくし合いたい」

ただ、その、どこまでもピュアな、
涙が出るほど切実な、人としての、根源的な、願い。

悲願。

この願いを、悲願を、
抱えずに生きている人なんかいない。

ただ、その実現方法がわからないだけなんだよね。

本来的な「つながり」のあり方を忘れてしまって、
表現方法を間違えて(「つながろう」「つながろう」としすぎて)、
結果、自分も他人も傷つけてしまう。

こんなことなら、もう、誰とも関わり合いたくない。
ひとりで生きていきたい。

そんな心を閉ざしたくなることだって、あるよね。

赤ん坊の頃のまま、

「わたしはあなた」
「あなたはわたし」

っていう世界観のままに生きられたらよかったのに。
そうしたら、誰も傷つけずに済んだのに。

でも、そうはなっていない。
そんなふうにはなっていない現実がここにある。

それなら、そこからはじめるしかない。
スタート地点は、いつだって「ここ」しかない。

「わたしはわたし」
「あなたはあなた」

のままに、

「わたしはあなた」
「あなたはわたし」

を感じられないままに、

それでも、わたしたちは、

「すでに」

どうしようもなく関わり合って、
生かし合って、支え合っているのだということ。

それを、無意識のところでは、
ちゃんと感覚しているのだということ。

その事実に、すべてを「おあずけ」してしまった時、
見えてくる世界は、やっぱり、優しい。

そこにおのずと生まれてくる関係性は、
とてつもなく優しいあり方にしかならないんだ。

「わたしはあなた」
「あなたはわたし」

この「ひとつ」の世界は、失われてしまったわけじゃない。
ただ、個人の意識では感知できないだけ。

でも、「ある」んだよ。

個人の意識を超えたところに……
いや、個人の意識「以前」のところに。

どうしようもなく、ただ、「ある」んだ。

わからなくていい。
感じられなくったっていい。
時に傷つけ合うことが起きてきてしまっても大丈夫。

あなたとわたしは、
いつだって「ひとつ」としてともにある。

だから。

「わたしはわたし」として、
「あなたはあなた」として、

独立した個と個として、
お互いに優しく関わり合っていくことも、
ぜったいに、可能。

キーワードは、「すでに、ある」。

優しい世界は、すでに、ある。

「わたしはわたし」と「わたしはあなた」の真ん中に。
「あなたはあなた」と「あなたはわたし」の真ん中に。

すでに、あるんだ。

大丈夫だから、ね。