【ブログ】「結婚することになりました」という表現に見る産霊のはたらきへの感受性

2022年4月25日

【「結婚することになりました」という表現に見る産霊のはたらきへの感受性】

産霊の力について、もう少しお話ししてみますね。

大ヒット映画『君の名は。』(新海誠監督作品・2016年)で、ヒロインの三葉の祖母である一葉が、こんなことを言っています。

「ムスビって知っとるか? 土地の氏神さまをな、古い言葉でムスビって呼ぶんやさ。この言葉には深い意味がある。
糸をつなげることもムスビ。人をつなげることもムスビ。時間が流れることもムスビ。全部神さまの力や。
ワシらのつくる組紐もせやから、神さまのわざ。時間の流れそのものをあらわしとる。
よりあつまってかたちをつくり、ねじれてからまって、時には途切れて戻ってまたつながり……。
それがムスビ。それが時間。
(中略)
水でも米でも酒でも、人のからだに入ったもんが、魂と結びつくことも、またムスビ。
だから今日の御奉納は、神さまと人間をつなぐための、大切なしきたりなんやよ。」

『君の名は。』も、まさしく産霊の力をテーマにした物語です。
主人公の瀧と三葉、この二人の男女が最終的に結ばれるまでには、ほんとうに数え切れないほどたくさんの産霊の力がはたらいていました。
ただ、その力を、二人が「みずから」使って状況を思い通りにコントロールすることは叶いませんでした。
(だからこそ、観ている私たちはストーリーの展開にハラハラドキドキできるわけですが……。)

産霊の力は、あくまで「おのずから」はたらくもの。
誰かや何かがコントロールできるものではないのです。
人はそのはたらきを「そのようになった」状況の中で知ることしかできません。

瀧も三葉も「(なぜかはわからないけど)そのようになった」状況(夢の中で二人のからだが入れ替わること、目が覚めた時には互いの名前を忘れてしまっていること、1200年に一度の巨大彗星来訪のタイミングが訪れていることなど)の中で、少しずつ、互いへの想いに気づいていき、相手の姿を現実世界に探し始めます。
そして、その中で、数々の産霊の力がもたらす状況を紐解いていくうちに、ついに、自分たちに課せられた「重大な使命」に気づくのです。

瀧と三葉は、「未来を変えるため」に力を合わせて奮闘していくわけですが、実は、二人の中にコントロールの意思はありません。
数々の産霊の力の先に「見せられた希望」があるから、そこに向かって、それぞれが自分にできることを精一杯やっていくだけ。
「見せられた未来」をこの世に生み出すために、そこに向かって数々の産霊の力が正しく作用していくように、自分のからだを使って懸命に「はたらく」だけ。

「みずから」の意思を、「おのずから」はたらく産霊の力=神の意思に沿わせていく。
まさしく「神ながらの道」です。
『君の名は。』の主人公の二人が成したことは、まさしく「ご神事」そのものなのです。
だからこそ、日本人のみならず、世界中の人々のこころに大きな感動をもたらしたのでしょう。

さて、この「みずから」と「おのずから」の和合する地点について、倫理学者の竹内整一さんがこのようにお書きになられています。

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日本語では「おのずから」と「みずから」とは、ともに「自(ずか)ら」と「自」の字をもって表します。そこには、「みずから」為したことと、「おのずから」成ったこととが別事ではないという理解が働いています。

われわれはしばしば「今度結婚することになりました」とか「就職することになりました」という言い方をしますが、そうした表現には、いかに当人「みずから」の意志や努力で決断・実行したことであっても、それはある「おのずから」の働きでそう“成ったのだ”と受けとめるような受けとめ方があることを示しています。

(中略)

「今度結婚することになりました」という言い方には、たんに当事者不在の自己弁護だけをしているのではなく、結婚相手に出会うことをはじめ、その後のいろいろな幸不幸の出来事、あるいは人の手助けもふくめて、「みずから」では及ばないところでの働きも相俟って、やっと結婚という事態にいたったという、「みずから」を超えた働きへの感受性が表明されていると考えることができます。

(竹内整一著 『花びらは散る 花は散らない ――無常の日本思想』 角川選書 より)

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「結婚することになりました」「就職することになりました」それに類する表現を当たり前に用いている現代の私たちにも、「みずから」を超えたはたらき=産霊のはたらきへの感受性、「みずから」為したことと、「おのずから」成ったこととが別事ではないという理解が、実は、しっかりと備わっている……。
これは、大きな希望です。

神々の存在を「おとぎ話」の世界に押し込んでしまった現代日本人にも、そのような感性はちゃんと残されている。
忘れてしまっただけで、失くしてしまったわけじゃない。
私たちは、ただ、思い出すだけでいいのです。
いまここに、こうしてある自分という存在にも、産霊の力がはたらき続けているのだということを。

そのように「なった」「あらわれた」、つまり、そのように「なるしかなかった」「あらわれるしかなかった」現実をしっかりと見つめることで、いまここで自分がすべきこと=いまの自分の使命が、はっきりと理解されてきます。

あとはただ、使命を果たすために、肚をくくって懸命にはたらくだけ。

「はたらく」ことは、そのまま神ごと、ご神事です。
産霊の力の中で、自分にしかできない「はたらき」をさせてもらっていること、そして次なるものへとつなげさせてもらっていること。
産霊のはたらきによって生まれた自分が、産霊のはたらきそのものとして存在できていること。
そのことを、産霊のはたらきそれ自体に、ただただ感謝していくこと……。
この相互のはたらき合いこそが、日本古来のうつくしい「祈り」の姿でした。

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