指輪物語

2014年10月10日

「引き寄せ」について書こうと思っていましたが、昨日の夜、かなりショッキングな出来事があり、でも、それに関連して大きな気づきがもたらされたので、今日はそちらを書きます……。すみません。「引き寄せ」については明日書きます!

 

 

 

私、やっちまいまして。なにをやっちまったかと言うと、彼氏にもらった指輪を自分の足で踏んづけて曲げてしまったんです……。もちろん故意にというわけではなく(当然だ!)完全なる不幸な事故だったのですが、もう悲しくて悲しくて。さらに、ぐにゃぐにゃになった指輪を「え~ん……」とか言いながら無理やり指にはめようとしたら、その瞬間、「ぱか」って。そう、「ぱか」って、そんな音こそしなかったものの、指輪のデザインの細くなっている部分2か所から亀裂が入って、真っ二つに、割れた……。

 

もんげ~ショックだったずら~~~~~(コマさん)

 

って、ふざけてますけど、いや、本当にショックでした……。「へなへな~」って、ああいう状態を指す擬態語なのね。足元から崩れ落ちるってね、もう、そんなでしたよ、私。ショックすぎるときって声も出ないのね。涙も出なかった。

 

 

 

いやね、私、本当に、自他共に認める「ものに対する執着のない女」なんですよ、普段は。結構気に入って買って使っていたものでも、失くしたり壊れたりしたら、その瞬間はショックを受けても、割とすぐに(平均して1~5分ぐらい)立ち直って、「まあ仕方ない。こういうご縁だったのだ。いままでありがとう! お世話になりました! 達者でな!」って心からの笑顔と共に言えちゃうぐらい。(もちろん、修理が可能な場合は即座にお店に持っていきますが。)でなかったらこんなに極端にもののない、禅寺みたいな部屋に住んでられないですよ……。

 

でも、今回ばかりは、私ひとりの感情処理だけで済まされるものではなかったので。彼がその指輪をどれだけ悩んで選んで買ってくれたのかとか、それをくれたときに一緒にもらった大切な言葉とか、なんて謝ろうかとか、ゆるしてもらえるだろうかとか……もう、それらが一気に、それこそ雪崩のごとく私の心身を覆いまして、窒息寸前でした……。

 

指輪とともに、彼のやわらかい心までをも踏んづけて、ぐにゃぐにゃにして、「ぱか」って割ってしまったような、そんな妄想が止まらなくて。情けなくて申し訳なくて。

 

なんてことしちゃったんだ、私って。

 

 

 

もう、こうなってくると、「もの」はもはや、その「もの」以上の意味を持ってしまっていますよね。メンタルなものとして認識されるようになってしまっている。

 

「もの」は、感情、記憶、その他もろもろを投影するスクリーンそのものなのだなあ……なんて、ぼうっとした頭で、それでも、そんなことを考えました。(転んでもタダでは起きません、私……。)

 

 

 

そう、本当に、スクリーンなんですよね。「もの」自体は、本当はなんの意味も持っていない。ただの白いスクリーンに過ぎないんです。でも、人はそこに、自分勝手にいろんなものをのっけてしまう。自分なりのストーリーを、そのスクリーン上に投影してしまう。

 

人間が大切に思っているのって、実はそのストーリーの方だったりする。「もの」自体ではなくてね。

 

スクリーンが破れたり、失くなったりすると、そのストーリー自体が汚されたり、消えてしまったように錯覚してしまいがちだけど、実は、物語本体は、自分の中にばっちり温存されている。フィルムは、変わらず、自分の中にあるのですよね。自分が、自分の意志で、「捨てよう」と思って動かない限り、永遠に……。

 

それって、ものすごく心強いことだな、と思いました。大事にすべきなのは、そちらなんだな、と。

 

それに気づいたら、心がすうっと落ち着いていきました。

 

 

 

彼もこんなことを言ってくれました。「指輪自体に価値があるわけじゃない。価値があるのはいつだって体験であって、そこに生まれた想いだけだと思うんだよ。だからどってことない」って……。それが、すごく嬉しかった。良くできた彼氏です。その言葉を受け取って、ようやく泣くことができました。

 

 

 

ショックだったけど、その分大きな気づきを得ることができました。とりあえず、指輪は今日修理に持っていきますが、直るにしろ直らないにしろ、ちゃんと現実を受け止められそうです……。

 

とか言って凹みまくってたらアレですけど、まあ、その場合はそっと大福でも差し出していただけると笑顔になると思いますので、なにとぞ……。笑