第69回寺子屋トーク、ありがとうございました

2017年1月29日

おはようございます。小出遥子です。

3日間の今治~京都~大阪の旅を終え、
昨日の深夜に東京に戻りました。

昨夜はさすがに「バタンキュー」というやつで、
今朝は「早起き」のはの字も出ないありさまで、
ゆえに、このブログもこんな時間の更新となりました。

この3日間は、もう、それぞれが濃密すぎて
語りたいことはたくさんたくさんあるのですが……
とりあえず、昨日の大阪・應典院さんでのイベントについて。

まずは、お越しくださったみなさま、
ほんとうにありがとうございました。

第69回寺子屋トーク
「〈いのち〉に触れる道~信じる仏教から生きる仏教へ~」

ということで、私自身の歩む「仏道」について、
自己紹介も兼ねて30分ほどひとりでお話しさせていただき、
その後、應典院主幹の秋田光軌さんとの質疑応答形式の対話、
最後に会場のみなさんに主役になっていただいて、
私が定期的に開催している「Temple」という対話の集いを再現する時間を持ちました。

私がメインスピーカーとして登壇する「ほぼはじめて」のイベントだったので
数日前からかなり緊張していたのですが……

いざ、ホール中央のご本尊に合掌して、舞台に立って、席に腰を下ろして、
会場のみなさんのお顔をゆっくりと眺め渡した瞬間。
「あ、ぜったいに、大丈夫」と思ったんです。
それで、すうっと落ち着くことができて、思っていたよりも
ずっとスムーズにお話しすることができました。
(自分としては、ということですけれど……。)

なんと言うのかな。
「私ひとりでしゃべるわけじゃない」ということが
理屈を超えて、すんなり入ってきたんですよね。
「ご縁の中で生まれてくることばたちに、
ただ、身を任せていればいいんだ」って。

って、これ、いつも私がTempleで言っていることなんですけれど(笑)。

「ここ(お寺の本堂)は、仏さまの見守る空間です。
仏さまの前では、みな一様に、“なにものでもないいのち”です。
社会的な肩書きや役割は、ここではいったん横に置いておいて、
ただの“なにものでもないいのち”同士の出会いと、
そこにおのずから生まれてくる“ご縁”のたまものとしての
“いのち”の自由なあらわれをたのしんでください」

これを、この場で、そのままやればいいんだ、って。

小出遥子がメインスピーカーのイベントだからと言って、
私ひとりでがんばるわけじゃなくて、
隣にいらっしゃる秋田さん、目の前のお客さま方、應典院のスタッフの方々、
空間全体が「ひとつ」のかたまりとしてあることをただ感じて、
そこに生まれてくるものにあらがわずに、
ただ、“いのち”の自由なあらわれ、そのものとしてあればいいんだ、って。

いまさらかよ!? 
さんざん偉そうなこと言っておいて、自分では、それ、やってなかったのかよ!? 
という話ですけれど(笑)。
いや、ほんと、ごめんなさい。大反省。
でも、しっかりと思い出せてよかった。

とにかく、たのしかったです。
それに尽きます。
あったかくて、なつかしくて、ひろがっていくような……
そんな時間と空間でした。

会場のみなさまも、同じように感じてくださっていればうれしいな。

昨日のことは、また近いうちに文章にまとめたいと思います。
一生の中でも、なにか、記念碑的な一日になっていく予感がしています。
みなさま、ほんとうにありがとうございました。

 

よい一日をお過ごしください◎