33歳になりました

2017年1月25日

おはようございます。小出遥子です。

今日は私の33回目の誕生日です。

33歳……。
まあ、結構、立派な年齢ですよね(笑)。

私は相変わらずフニャフニャヘラヘラしてばかりで、
ちっとも「立派」な人になれないのですが……。
33歳にもなれば、少しはシャッキリ生きていけるだろうか?
神のみぞ……いや、仏のみぞ、ご縁のみぞ知る、ですね。

いやあ……まあ、しかし、です。
私は、ほんとうに33年も生きてきたのだろうか……?
という疑問は、ありますよね。

って、いきなりなにを言っているのか小出は!?
という話ではありますが……。

いや、「記憶」はあるんです。
30年前、つまり3歳のとき……はさすがにあいまいですが、
25年前、8歳のときの記憶はあるし(ちびまる子ちゃんそのものだった小学生時代……)
20年前、13歳のときの記憶もあるし(いろんな意味で痛々しい中学生時代……)
15年前、18歳のときの記憶もあるし(いろんな意味で思い出したくない浪人生時代……)
10年前、23歳のときの記憶もあるし(「堕落」を絵に描いたような大学生時代……)
5年前、28歳のときの記憶もある(人生の壁という壁にぶちあたりまくっていた社会人時代……)。

でも、そのすべての「記憶」が再生されているのは、
まぎれもなく、「いま」なんです。

「いま」において、
「私の生きてきた33年間」の「記憶」が再生されているんです。
「私の生きてきた33年間」という「記憶」が再生されているだけなんです。

逆に言えば、
「いま」、その「記憶」が再生されなければ、
「私の生きてきた33年間」なんてどこにもないんです。

意味、伝わっていますでしょうか?

すべては、「いま」起こっているんです。
「いま」は、そのまま、無限の時間と空間なんです。

とは言え。

「いま」において、「私は33年間生きてきた」という思いが湧いているのなら、
「私の生きてきた33年間」は、間違いなく、「ある」んです。
「いま」において、「ある」んです。

でも、ほんとうは「ない」んです。
どこにも「ない」んです。

「ある」けど「ない」。「ない」けど「ある」。
「ある」というかたちで「ない」。「ない」というかたちで「ある」。

「ある」も「ない」も同時に味わえるこの人生って、
ほんとうに、なんて豊かなんだろう。
こんなに面白いこと、ないよ。

そんなことをしみじみ感じ入っている、33歳なりたての朝です。

 

よい一日をお過ごしください◎