「道」であり、「答え」ではない

2017年1月23日

おはようございます。小出遥子です。

告白します。
私、割とつい最近まで、仏教は「絶対的な真実」を説くものだと思っていました。
お釈迦さまは、私たちに「絶対的な答え」を示してくださったのだと……
そう思っていたのです。

でも、どうもそういうことではなかったみたいなんです。

お釈迦さまがお示しになられたのは「道」です。
「道」は、あくまでも「道」です。
「答え」そのものを、ポンと与えてくださったわけではないんです。

お釈迦さまが説かれたのは、
「無常」という答えでも、
「無我」という答えでも、
「涅槃」という答えでもありませんでした。

かと言って、
「無常」に続く道でも、
「無我」に続く道でも、
「涅槃」に続く道でもなくて。

あえて言うなら、
「無常」という道……
「無我」という道……
「涅槃」という道……
そういったものを、お示しになられていたのでしょう。

教えの指し示す方向に一歩踏み出した瞬間に、
その人の足元に「道」が立ちあらわれる。
それがそのまま「無常」や「無我」や「涅槃」となる。

「答え」というものが、もし存在するのだとしたら、
一歩一歩の動き、そのものの中にあるのではないかな、と。

かなり抽象的ですが、そんなことを考えています。

……ちょっと抽象的すぎましたかね(笑)。
今度、また、もうちょっと具体的に書いてみます。

 

月曜日ですね。
よい一週間のスタートをお切りください◎