ふたつの養生法

2017年1月12日

おはようございます。小出遥子です。

昨日の不調が長引いておりまして……。
というより、昨晩、ついうっかりお酒なんか飲んでしまいまして、
傷口に塩をみずから塗り込んでしまいましてね……。

(昨日の19時頃、新宿駅の小田急線ホームで
痛みと貧血で5分ほどうずくまっていたのは私です……。)

結論:胃の調子がおかしいときに刺激物を摂ってはならない。

当然ですよね~(涙)。

おバカなことをしたものです。
大反省です。

こころやからだが苦しみを訴えているとき、
たぶん、正しい対処法としてはふたつあって。

ひとつは、さらに自分を苦しませるものに近づかないこと。

症状の原因がはっきりしているのなら、
可能な限りそれと距離を置いて、まずは自分の身心を守って養生すること。

川上から流れてきたゴミを川下で回収するのではなく、
そもそもゴミを作って流すような生活をやめる、ということですね。

すごくシンプルなやり方です。
そして、即効性があります。

でも、これもあくまで対症療法であって……。

そうじゃなくて、
原因を原因にしてしまわないようなものの見方を身につければ、
すべて、根本的に解決してしまいますよね。

これが、ふたつめの方法です。

これは、たぶん、ちょっと訓練が必要だとは思うのですが、
その「原因」(のような出来事、人、もの)すら、
すべて、縁の中で起こってきたということを見抜いてしまう、ということですね。

超広大で、ぜったいにはかり知ることのできない
「縁」という網目の中で、すべての出来事は起こっていて。

私たちは、そのほんの一部だけを切り取って、
「あいつが悪い」とか「いや、私が悪かった」とか
「いや、やっぱり悪いのはシステムだ」とか言いながら、
ぐちゃぐちゃごちゃごちゃやり続けて、
結果、胃を荒らしたり、酒に酔ってぶっ倒れたりしているのだと思う(笑)。

それがわかってしまうと、
なんだかすべてがばかばかしいな、と思うと同時に、
自分が為したことをもひっくるめた、ありとあらゆるすべての営みが、
理屈を超えて、どうしようもなく愛おしくなってきたりするんですよね。

こうなってしまうと、もはや、そこには原因も結果もなくなって、
ただただ安らかでひらすらにおおらかな「あきらめ」の境地が広がっていって……。

まあ、ね……。
とは言え、いろんな思考や感情に巻き込まれているときに
「広大なご縁の中で……」とかやるのは、なかなか難しいです(笑)。
実際に肉体に痛みがあるときは、そんな余裕も生まれづらいし。

ということで、私は、今日は、とりあえずひとつめの方法で身心を養生します。
刺激物には近づかないぞ!!!
酒なんか、ぜったいに飲まないぞ!!!(涙)

 

よい一日をお過ごしください◎