「慈悲とは理解である」part.2

2017年1月11日

おはようございます。小出遥子です。

昨日の夜中、私の身体に急性胃腸炎のような症状が出て、
「ううう……」とうめきながら、痛みに七転八倒しておりました……。

いまはかなり落ち着いたので、こうしてブログを書いているわけですが……。

ここ最近、生ものは食べていないので、恐らく、食中毒ではない。
となるとウイルス性のものか、はたまたストレスか。
まあ、たぶん、ストレスです(笑)。

「そんなつもりはまったくなかった」のに、
相手はそのようには受け取ってくれない、ということが、
ここ最近、私の周りで相次いでいて。
弁明したところで「火に油」となることは経験上わかっているから、
静かに黙ってことのなりゆきを見守るしかなくて。

それはひとえに私の対応のまずさ(ことばの足りなさ)に原因があるのですが、
それにしても人間関係というのは、ほんとうにややこしいものですね……。
その「ややこしさ」をうまく取り扱えない自分に対するストレスが、
私の胃を痙攣させたのだと思う。(生々しくてすみません。)

苦しかった。

でも、その苦しみの中で、ふと、

私も、相手も、一生懸命に、その場でその場で最善を選んで生きているだけなのになあ。
みんな、ただ、しあわせに生きていきたいだけなのになあ。

……と思ったら、悲しいだけじゃなくて、
なんだか不思議にあたたかい気分になって、
涙が出て止まらなくなって。

なにか、「ゆるされた」気がしたんです。

「誰に」ということもないけれど。
ただ、ゆるされた、と思った。

そうしたら不思議なことに症状もおさまってきて。

泣きながら、なんだか笑ってしまいました。

なにか、大きなものの目を感じたのかもしれない。
私や、相手を含んだ、世界のすべてを包みこむような、
ただただひたすらに大きなものの……。

「慈悲とは理解である」ということばが身に沁みる朝です。
やさしいこころで、生きていきたいものです。

今日も、がんばります。

 

よい一日をお過ごしください◎