「なにものか」からのサイン

2014年8月27日

本当は得意じゃないことを嫌々やっている人は文句ばっかりぶーぶーぶーぶー垂れ流しているけど、そんなことしている暇があったら得意なこと探すために行動しろ! きらきらした人生選ぼうぜ!(キラーン☆) といったようなことを昨日の記事でめちゃめちゃ暑苦しく書いてしまいましたが、それについてちょっと補足します。

 

 

 

「自分(の役割)に真剣な人は、文句じゃなくて、感謝の言葉が出るのかなあ」

 

こんなコメントを、昨晩、FBの方にいただき、深く深くうなずいてしまった。そう、得意なことをど真剣にやっている人の心の中は、次第に、「感謝」ばかりがあふれてくるはずなのだ。

 

昨日も書いたが、私たちひとりひとり、それぞれ役割を持って生まれてきている。巨大なパズルの1ピースとして存在している私たちは、自分の形が「ぴたっ」とはまる場所を見つけて、そこでようやく、全体に対しての自分の役割というのを存分に発揮して、光を放ち始めるのだろう。さらに、そうしてはじめて、パズル全体、つまり世界のすべてをも、自分そのものだ、と思えるようになるのだろう。

 

本来の役割を果たしているとき、そこには一切の無理が存在しなくなる。ごくごく自然に、なんの力みもなく、キャッチャーミットのど真ん中に、ストライクボールをばしっと投げられるようになるのだ。しかも、うっとりするほどの美しいフォームで。(あ、まだ甲子園引きずってます。すみません。)

 

そうなってくると、もう、役割を与えてもらい、それを果たさせてもらっていることに対する感謝、それが湧きだしてこない方がおかしいよね、っていう話で。

 

だって、言うまでもなく、パズルは1ピースだけでは成立しないものだから。周りに、自分の形を求めるピースが多数存在してはじめて、自分は生まれてきた役割を果たせるようになるのだ。

 

無理せず、自然に、楽しく、ほがらかに、自分の役割を果たすことができるのは、すべて、周囲の人々のおかげだし、そのまた周囲の人々のおかげでもあるし(だって周囲の人たちを周囲として成り立たせているのは、周囲の周囲の人たちだから。ってわけわかんなくなってきましたね、すみません)、そのまた周囲の……とやっていくと、最後には、すべてをそのようにはからってくれた「なにものか」への感謝に到達する。

 

(この「なにものか」にはいろんな名前が付けられていますね。神とか仏とか天とか宇宙とか大いなる意志とかサムシング・グレイトとか……あはは、だんだんアヤシくなってきたね。)

 

そのように決められていたから、自分はそれをさせてもらっている――

 

もはやそこに変な自我はない。ただただ謙虚に、粛々と、役割を果たしていくだけ……という境地。

 

そこに立った人間は、周りに感動を与えて、感化していく。そうやってどんどんどんどんこの世に光が満ちていく……。

 

「なにものか」は、この光景を見たくて、もともとひとつだった私たちを、ばらばらにしたのじゃないかなあ、なんてことを思う。ふたたび「ひとつ」になっていく世界が放つ、美しい光を見たくて、「それ」は――

 

 

 

それで、これ、逆に言えば、自分の環境に文句が出てくるっていうのは、その時点で、その人は、その人の役割を果たしていない、というサインだということで。「なにものか」のはからいと違うことを人間がすると、その人の心には、言いようのない不快感が押し寄せるようになっているみたいです。(自分の経験から話しています……。)

 

「違うよ~。あなたがやるべきことはそれじゃないよ~!」と、「それ」は必死で教えてくれようとしているのだと思う。

 

そのサインを敏感にキャッチして、自分の果たすべき本当の役割を探し始める素直な人もいれば、その不快感を「文句」という形でぶつけて解消しようと、周囲に汚物をまき散らし続ける人もいる。やるべきことを探しはじめなきゃ、不快感は一生解消できないのに……。

 

まあ、単に肚をくくることができていないがために(つまり自分の人生に対していつだって逃げ腰なのね)、文句ばっかり言って現実逃避しようとしている人もいるので(なにを隠そう、ちょっと前までの私がこのタイプだったのだ)、一概には言えないとは思うが……。でも、その場合も、答えは自分の中にしかないから。心の声をよく聞いて、自分で決めていくしかない。逆に言えば、「声」さえよく聞くことができるのなら、いや、よく聞くことを決意できたのなら、選ぶことはどんどん簡単になっていく。

 

 

 

いつかは向き合わなきゃいけないようになっているのだから、できるだけ早く肚をくくって、地に足をつけて、役割を果たして生きていけるようにしたいですね。その瞬間から、本当の意味で「生きること」が始まっていくのだと思います。

 

 

 

 

 

……いつもながら長くなってしまいました。すみません。「好きなこと」と「得意なこと」にまつわる問題について書こうと思っていたのですが、それはまた明日~。(けいたくん、ごめん!)