肉体は神殿

2014年8月21日

肉体はいつだって「いま」を生きている、それゆえに肉体は過去や未来にお散歩に出かけがちな意識を元(「いま」「ここ」)に戻す強力なフックとして働いてくれる、なんとありがたいことであるのか、肉体さまさまだ! ……ってことを昨日の記事で書きましたが、もうね、本当に肉体ってありがたいものです。南無南無肉体仏! です。

 

別々の肉体を与えられたがために分離意識が生まれてしまった、っていうのは、まあその通りだし、厳密な意味で言えば肉体すら幻想、とも言えるのですが(そしてそれは実際、紛れも無い事実なのですが)、でも、現に、私たち、ここで、見て、聞いて、嗅いで、触って、味わって……そうやって生きちゃってますからね。その圧倒的な現実を無視するわけにはいきません。

 

この地球上で生きるなら、やっぱり、ちゃんと地に足をつけて生きなきゃなあ、と思うのです。その際に、やっぱり、肉体を大切に扱うという態度はものすごく大事だと思っていて。

 

毎日長時間半身浴したり、靴下重ね履きしたり、白湯を飲んだり、呼吸に気をつけてみたり、超絶早寝早起き生活をしてみたり、一日一食生活を送ってみたり、あとは肌断食とか、瞑想もそうだな……とにかく私、いろいろいろいろやっていて、人から見たら「健康オタク」と呼ばれる種類の人間であることは間違いないのですが、それはこういう事情あってのことなのです。(もちろん、最初は不調を解消すべく始めたのですが。そして、ぜんぶ自分が心地よくいられるから、ほとんど趣味のようにしてごくごく自然に続けているのですが。)

 

肉体がぐらぐらだったら、意識だって、うまいこと「いま」に戻ってこられないと思うのですよね。迷ってしまうと思う。「肉体は神殿」とかって、よく言いますよね。神さま(的なもの)が宿る場所は、やっぱりできるだけ美しく整えておかなきゃなあ、と思うのです。

 

実際、私、上記のような生活をはじめてから、肉体と意識とのズレがかなり少なくなったように思います。いつだってぴったり重なって生きているわけではないのが悲しいところですが、でも、本当にごくごくたま~に、寸分のズレもなく心と身体がそのままひとつになる瞬間が訪れて、そのときは、なんというか、本当に心地よく物事を進められるのですよね。どこにも力を入れないで、さくさく進められる。あとで振り返ってみて「なんかすごくない? これ本当に私がやったの!?」ってびっくりしてしまうほど良い結果を残せたりする……。これこそが、肉体を持ってこの世を生きる醍醐味なんじゃないかなあ、と思うのです。これをやりたくて生まれてきたのね……! という瞬間。

 

いつだってその状態で過ごせたら、もう完全に無敵ですよね。スターを使っているときのマリオやルイージのように。(このたとえ、通じますかね?笑)

 

意識も肉体もどちらも無視してはいけないもの。どちらも必要があるからこそ与えられた。双方のバランスがばっちりとれたときに、おのおのが持って生まれた才能ってやつを、最高のパフォーマンスを持って発揮できるようになるのでしょう。それこそがこの地上で果たすべき「役割」ってやつなんじゃないかなあ、と思うのです。

 

役割、果たしていきたいなあ。

 

身体は心に比べて圧倒的に単純なので、運動でも食事でも早寝早起きでも、自分に合った方法さえ見つけて(見つけるときには心がカギになります。自分の心が素直に「やってみたい!」となって、かつ、ごく自然に続けられる健康法が、その人にとっての大正解なんだと思う)ある程度真面目にそれに取り組めば、分かりやすく結果は出ます。そうやって肉体が素直になってまっすぐ立てるようになったら、意識も安心して「いま」に戻ってこられるようになりますよね。

 

まあ、そんな「あやしげ」な健康法に手を染めなくても(笑)まずはこの身体に「いつもありがとさ~ん」って声をかけるところからスタートするといいのかな……。仲良くしていけたらいいなあ、と思います。

 

健康オタクからの提言……というより独り言か、でした。